2010年1月6日水曜日

選択のちから ~ ある脳科学者の涅槃体験 ~



年末年始に見たテレビの中でもっとも刺激を受け、考えさせられた番組を紹介したいと思います。

それは2009年の前半にNHKで放送された、

復活した“脳の力”~テイラー博士からのメッセージ~

です。

私は人の勧めで録画したものを見せてもらいました。

この番組がどんな内容だったかをざっと紹介したいと思います。






主人公はアメリカ人の女性脳科学者、ジル・ボルティ・テイラー博士です。 彼女は37歳で脳卒中に見舞われます。




ある朝、自宅で目覚めた彼女は、視野が狭まり、体がうまく動かなくなり、文字もうまく認識できなくなっていました。




脳科学者であった彼女は、自分にあらわれている症状から、脳幹と左脳に何かしらの障害が起きつつあることに気付きます。

とにかく同僚に連絡を取らなければと思い名刺を見るのですが、数字をみてもそれが何を意味するのかがわからなかったといいます。


このブログで紹介した『プルーストとイカ』を読んだ方はよく分かると思うのですが、

文字を読めるというのは脳の様々な機能を利用して初めて可能なことなのです。




左脳にダメージを受けたテイラー博士は、文字を認識し、意味のある記号として理解することができなくなっていたのです。




名刺にある記号(=数字)と同じ電話にある記号を押せば連絡がとれる筈だと気付いた彼女は、同僚になんとか連絡が取ることができ、救急病院に搬送されます。

そこで分かった事は、左脳から出血して、




その血液によって左脳が圧迫され、言語関連の部位が阻害されていたことがわかったのです。




彼女は手術を受け、一命を取り留めます。




しかし日常生活に支障をきたすほどの障害が残り、何年にもわたるリハビリが続くのですが、

脳卒中後、彼女は今までに感じたことの無かった不思議な体験をするのです。




聞き手の生命科学者 中村圭子さんは、テイラー博士が脳卒中後どのような体験をされたかたずねると、




なんと彼女は、

涅槃


の体験をしたと語ったのです。




涅槃(ニルヴァーナ)とは、ブッダが説いた悟りの境地です。

ブッダは、本来誰でもがそのような心の安らぎの境地を備えているといいますが、ふつうの人(凡夫)は常に煩悩に突き動かされているのでその心の寂静の境地に気付かないのだといいます。

それはちょうど、床下に宝が埋まっているにも関わらず、それに気付かずにその日の食べ物を物乞いにいく人にたとえられます。

ブッダは、その心の寂静の境地に至るには、苦楽(苦行と快楽を追い求める生活)の中間(中道)である瞑想を実践するのが正しい道であると説きます。

脳科学者であるテイラー博士が、仏教の核心である涅槃という言葉を使って自らの体験を説明していることに、とても衝撃をうけました。




脳卒中後、彼女は体が一つの個体である感覚を失ったといいます。

「あなた」と「私」の境界がなくなり、体がまるで液体であるかのように感じたのだそうです。

体は50兆の美しい細胞からなる"生きる力"そのものだと感じたそうです。

なぜ彼女はこのような感覚をもったのでしょうか。脳科学者である彼女は自らの体験を以下の様に解釈していました。

人間の脳は左脳と右脳に分けられ、左脳は言語や論理、分析の能力を司り、右脳は、イメージ、直感を司ります。




私たちは本来この二つの能力をもっていますが、通常は左脳が右脳を押さえ込んでいる状態にあるのだそうです。

たとえば、「自分」に関しては、ここからここまでが自分であるというふうに言葉によって定義しているのだそうですが、

左脳がダメージを受けた事によって、そのような左脳による拘束から解放され、認識に変化をきたし、涅槃の体験をしたのではないかということでした。




しかし多くの脳卒中患者がいる中で、なぜ彼女だけがそのような体験をしたのかは、現在の脳科学をもっても分からないのだそうです。

言語は渾然一体をなすものを区切る作用、すなわち諸々の事象に境界線を引き、それらを個物として認識し、名称を与える働きをもっていますが、

その作用を司る左脳に障害をうけたことで、仏教で理想とする涅槃の境地を体験したというのはとても興味深い点です。


それでは悟りを得るには「個」という幻想を生み出している左脳にダメージを与えればよいのでしょうか。

また臨死体験者なども高度な宗教体験と共通する点がみられますが、死の体験をすることで悟りが得られるのでしょうか。

また左脳のダメージと同じ発想でいくと、前頭葉を切除するロボトミー手術というものがあり、かつては重大犯罪を犯した人にロボトミー手術を行い、確かに犯罪的な衝動(煩悩)がなくなりましたが、それは悟りといえるのでしょうか。

結論から言うと、それらは悟りの状態とはいえないのではないかと私は思います。

私はゆくゆく、フラクタルとの関連、南米のシャーマンとともに薬草を体験したときのことも含めて、

人間の持っている"切る"能力(個を認識する能力、分析能力・理性)と、仏教などで説かれる統合体験(悟り・一体感・至高体験)の関わりを書きたいと思っていますが、

結論からいうと、生物が進化の過程で得た究極の能力とは、おそらく「個」を認識できる能力=左脳の機能であり、

悟りとはその左脳の分析能力を維持しつつ、本来すべては一体であるということを体感することだと思うのです。


ここら辺のことをこれ以上追求するのはここでは差し控えますが、

左脳にダメージを受けたテイラー博士が、その後どのようにリハビリを行い、

脳卒中の体験を通じてどのようなメッセージを発するようになったかを順に見ていきたいと思います。






つづく、、、


参考:

NHK 復活した“脳の力”
~テイラー博士からのメッセージ~

http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090905080030124/

番組説明:
女性脳科学者ジル・ボルティ・テイラー博士。脳卒中に倒れ、言語や思考を司る機能を失いながらリハビリを経て復活を果たした。その軌跡と脳の知られざる力に迫る。

新進気鋭の女性脳科学者として活躍していたジル・ボルティ・テイラー博士。37歳で脳卒中に倒れ、一時、言語や思考をつかさどる左側の脳機能が停止した。

8年間のリハビリを経て完全復活を果たした彼女の手記は、脳卒中の実態や脳の未知の力を示す貴重な記録として、人々の共感を呼んでいる。

闘病中には不思議な幸福感を感じたと彼女は語る。復活までの軌跡を追い、生命科学者中村桂子さんとの対談を交えて人間の脳の神秘に迫る。




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