2026年2月8日日曜日

自分の推し (^^♪


私は 毎朝 晩、色々な神様のお参りをしていますが、そのお参りをしながら 思ったのが、


 全ての祈り方は正しい


 というものでした。 


例えば イスラム教においては、偶像崇拝を禁止していますが、


インドではあらゆる 形態の人間のような形をした 神様を崇拝しています 。


ではどちらが正しいかというと、 そのどちらも正しいのではないか、、ということです。


神様はあらゆる形態を生み出す元であるから形が無いとも言えますし、


あらゆる形を生み出すから、 そのイメージを喚起する様々な形態もありうると思います。 


どちらにしろ 祈りを通じて、


自分が心安らかになったり、 積極的に明るい気持ちになったり 、また他者に対して優しい気持ちになったりすれば、それはその人にとって正しい祈りなのかな と思います 。


それはちょうど推し活のようなのもので、 人それぞれ推しは違っても、どの推しが正しいとか喧嘩する必要はないのと同じで、


それぞれが自分の推しを大切にしながら、他者の推しを尊重すればいいのだと思います。


私の場合は、先日、購入した ガネーシャさんをはじめ インドで以前買った2体の ガネーシャさんもありますし、


インドの神様でいえば、クリシュナ神さんの絵も何枚か飾っていますし、 


真言密教の大本尊 大日如来さんもありますし 、龍神様も祀っていますし、


良かった神社の御札も家に様々飾っていて、七福神様もいらっしゃり、とあらゆる 神様をお祀りしています 。


例えば 行って良かった 神社などはそれをお参りすることで、一瞬にしてそこの雰囲気を思い出すことができて、とてもありがたく思っています。


という意味で 、私にとっては 形のあるものをよりところとした お祈り が自分にとても合っているような気もしますが、 形がないというもの またアリだなと思います。


私は、おそらくこの世で一番神様のイメージに近いのは太陽じゃないかと思うで、太陽が出ている時に


いつも 愛の光を送って届けてくれてありがとうございます、、


などと 感謝の気持ちを送るのも大変 いいことだと感じています。


話が少し飛びまして、ユングは晩年 臨死体験をしていて、地球を外から眺め、 あらゆる存在に対して無条件に イエスということができる、ということを、その回想録で述べていますが、


 おそらく究極的にはそういうことなのだろうと思います。


 ユングは自ら色々な 曼荼羅も描いてるし、まさに 密教が到達した全肯定の思想に至ったような気がします。あるがまま 全てよしということでしょうか。。


たまに、あるがまますべてよし、、と唱えてみると、今までとは違った角度からものを見れるような気がしています。


 自分が幸せになり、他者に対して優しくなれ、人に迷惑をかけるようなものでなかったら 、あらゆる信仰のあり方は正しいのだと思います。


神様を拝むのも、 推し活のように、明るく 軽く陽気に楽しく、で行きたいと思います。


 私の最近の推し、心の師匠は、斎藤一人さんかなと思っています♪


 ということで タイトル、自分の推し活♪


でありました


m(_ _)m


おまけ、、

ギャラリー:和歌山に一之宮参拝に行って参りました、、 ③




丹生都比売神社から高野山方面を目指し、

山道を歩いていきました。
















人とは誰ともすれ違わず、

かつて空海さんもこんな道を一人で歩かれていたんだろうな、、
と感慨にふけっていました。

時折、近くにお寺などないのに、
ふわっとお香のような香りが漂ってくることがありました。

木の香りともまた違い、東寺の風信香を思わせる甘い香りでした。

やっぱ聖地の山は少し違うな、、と感じました。









分岐点
















せっかくなので、少し回り道をして、
ヤマップに乗っている山を登りました。






















かつて、空海さんが建てたという二つ鳥居 











上古沢駅を目指します、、
















しばらく進んでいくと、、


右手の斜面から、ガサガサっという音が聞こえました。





あ、キジだ!





一瞬、目が合い、

あ、逃げちゃうな、、

と思っていたら、、





ざざざ、、と斜面を勢いよく駆け下りてきて、、





私の前に出てきたました!!





え、どうしたのかな?

ちょっと戸惑いながら見ていましたが、

攻撃的な様子もなく、





こうして、自分の後ろ姿なども見せながら、





私の近くをしきりに歩き回ってきました。。







私が進むと、キジも私と一緒にずっとついてきました。。

んー、なんだか求愛されているような感じで、

ほのぼのとした気持ちになりました。。





このとき、動画も撮ってみたのですが、

普段動画をとらないので、うまくスイッチが押せてなく、残念ながら動画は撮れていませんでした。

残念、、。

これがとれていたら、かなり面白い映像になったんだけどな、、と悔やまれました。

ま、こういうときも、ツイてる!ツイてる!

しばらく歩いていくと、

先方も諦めたのか、最後は名残惜しそうに
道の真ん中でコチラを向いて立ち止まっていました。。


桃太郎で、キジをお供にする話で出てきますが、

このようにキジがついてくる体験がもとになっているのかなと、、

などと思いました。

この日は、犬とキジに会えたので、サルに会えれば、

桃太郎完成だー!

などと歩きながら妄想していました。。(笑)






やがて、森を抜け、、





集落にでましたー♪


ここからがまた長かったのですが、、









上古沢駅に無事到着!




こちらから、電車に乗って、高野山を目指しました!



2026年2月1日日曜日

自分に対してギブ&ギブ ♪

 

最近、楽天の買い物マラソンに参加する時に、ついで斎藤一人さんの新刊を買うようにしています。


そうすると、新刊なのに、送料無料に加えて、かなりのポイントがつくし、他の買い物のポイントもまた増えるので、いいことづくめです ♪


ということで、最近一人さんの新刊本がかなりたまっきているのですが、そんな中で買った本で、最近、朝、音読しているのがコチラになります↓




斎藤 一人 , みっちゃん先生 『斎藤一人 ツキすぎる「すごい言霊」』2025


一人さんの本って、朝イチで音読すると、とても元気になります。


私は読みながら、良かった箇所はページを折るなどして印をつけておいて、


一度読み終えてから、もう一回その箇所をチェックするようにしているのですが、


その折り目をつけた箇所の一つが、


正しいのはギブ・アンド・ギブ


 という章でした。


私も以前からギブ&ギブに関しては、その通りだと思いブログにも書いてきましたが、一人さんによると


神的に生きようとするなら、ギブ・アンド・ギブ


なのだそうです。

で、そこで大事なのが、


自分に対してのギブ・アンド・ギブ


で、その次に他の人という順序だそうです。


----------(以下、本文より)------------------------------------


自分のことは、誰よりも大事にしてあげなきゃいけません。

行きたいところへ連れて行ってあげたり、おいしいものを食べさせてあげたり。

まず、それを自分にしてあげるの。


自分とは、生涯離れることができません。死ぬまで一緒だし、魂的な話で言えば、永遠にともに生きる存在なんだよね。


いちばん身近で、誰よりも自分を理解してくれるパートナーです。

そんな自分をないがしろにして幸せになれるわけがないし、幸せじゃない人が、他の人の世話どころじゃないんでしょ?


自分で自分を満たしてあげたら、人に機嫌を取ってもらう必要がない。だから、見返りを求めない愛が出せます。


幸せな自分が、人を喜ばせることができたら、ますます幸せなんだよね。

《中略》

だから、まずは自分を大事にすることだよ。

《中略》

明るい未来は、いつだって小さな行動からつくられる。そういうものだからね。

--------------------------------------------


自分にギブ・アンド・ギブで満たされているから、他者に対しても見返りを求めないギブが出来、


そうしてギブ・アンド・ギブをしていると、結果的になんらかのカタチでお返しがくるから、ギブ・アンド・テイクになるとのことです。


やっぱ、自分を大事にするって大切なことですよね。


自分にギブするのって何も、物質的なことばかりでなく、自分を褒めてあげたりするのも、自分に対するギブに入ります。


一人さんは、ご自分のことを自分で相当褒めてあげているそうで、私も見習わせていただいています(笑)


ということで、今年も張り切って、


タイトル:自分に対してギブ&ギブ ♪


で行こうと思ってます。


<(_ _)>



おまけ、、

① 秀吉のポジティヴ思考

最近、太閤記を読んでいる話を書きましたが、











またまた、一人さんの話と共通するような場面が出てきたので書いておきます。

猿(秀吉)が、信長のもとでめきめき頭角を表しだすと、周りの人から、陰口を言われるようになってきたのです。

すると、ある時、秀吉は、自分の身近な人たちを呼んで宴会を開いたのです。

自分は、他の武将たちから陰口を叩かれるようになるほど、一人前の男として認められるようになった、めでたい、めでたい、、

と。

これは凄いなと思いました。普通だったら、なんだよ陰でコソコソ言って、、とかふて腐れてしまうものでしょうが、

それを逆手に取って、めでたい、と宴会まで開いてしまうというのは、もう、やはりこういうところをとっても秀吉というのは別格だったんだなと思いました。

一人さんが言っているように、どんなことが起こっても、まずはツイてる、ツイてる、といって自分の波動を下げないようにすることと共通しますね。。

歴史上の偉人の話を読んでいると、参考になることが多く、ありがたいことです。


おまけ、、、②


ギャラリー:和歌山に一之宮参拝に行って参りました、、 ②


和歌山駅の近くの一之宮を参拝した後、次の一之宮を目指して、




和歌山駅から電車に乗り、





笠田駅というところで下車





コミュニティーバスに乗り、、

ついたのが、





高野山の麓にある

丹生都比売神社
(にうつひめじんじゃ)









境内に入った瞬間、

うわー、、

と一人小声で叫んでしまいました。

体の内側からすべて癒やされるような感覚がありました。

素晴らしい神社に共通する、
ずっと留まっていたくなるような空気が
辺り一面に漂っていました。

あ~、気持ちいい、、。

ホントいい神社って、神気とでもいうのでしょうか、
こんな不思議な雰囲気を醸し出しています。。











境内のなかに進んでいくと、、





空海さんが高野山を開くにあたって
犬が導いたという言い伝えがあり、

それにちなんで、
毎月16日に紀州犬をご披露しているそうです。

え、なに、そんなことしてるんだ。

今日って何日だっけ、、と携帯を見ると、

あ、今日16日だーーー!

ということで、ワンちゃんが2匹、
いらっしゃぃましたー。

ラッキー♪

会える確率 30分の1!









とにかくかわいい、
愛らしい、、




この日に合わせてか、
他に紀州犬を連れた人がぞくぞくと集まってきて、

ワン、キャン、くーんの大合唱になりました(笑)

しばらく、眺めたり、きた犬を
なでなでさせてもらったりした後、

周辺を散策しました↓
















奥之沢明神


丹生都比売神社の次は
高野山にお参りしようと思っていたのですが、

また本数の少ないコミュニティーバスに乗って下まで下り、

そこから電車を乗り継いで
また上がっていくという相当な遠回り、

そして時間のロスが発生するので、

山道を歩いて、高野山へ至る
もっとも近い駅まで行くことにしました。





つづく、、