先日の平日に、東京都美術館でやっている
アンドリュー・ワイエス展
を観に行ってまいりました。
写真を撮っていいのが最後のフロアだけでしたが、
それでもいい作品をたくさん写真に収めることが出来ました↓
↑灯台の中、飼い犬のホワイトシェパード、、
可愛らしい、、
↑こちらにもワンちゃんが、、
↑猫の餌やりだそうですが、
猫はおらず、、
↑ワイエスさんの絵は、
全体的にモノトーンのものが多いのですが、
こうして、一部、赤などの色彩が
入るとことで強烈なインパクトがでてきます。
↑ゼラニウム
窓の向こう側にも窓があり、
景色が広がっています、、
↑奥さんが窓の向こうで
海の景色を眺めています
↑ワイエス氏の写真も展示されていました
↑こちらがワイエス氏28歳の自画像
美術館の一番最初に展示されていましたが
撮影不可だったため、日曜美術館の映像より
ワイエス氏は挿絵画家だったお父様より
絵を教わっていたそうですが
強権的だったこともあり反発を覚えていたそうです。
が、28歳の頃、事故によりお父様が他界し
こちらは、その頃の自画像だそうです。
全体的に暗い感じ、
顔も葛藤しているような表情であり、
空模様も怪しげですが、
なんとなく光(=希望)
がさしているような印象を受けます。
私が今回の展覧会で良かったと
感じた絵を幾つか挙げておきます。
↑こういった、洗濯物が風になびく
日常のさりげない一番面、
とても良かったです。
↑松ぼっくり男爵
第一次世界大戦時に使用された
鉄のヘルメットに
松ぼっくりがてんこもりに
盛られています。
音声解説によると、
車で走っていて、この景色を目にし、
急ブレーキをかけたとのこと(笑)
そして今回、一番、心の琴線に触れた絵は、
目玉であるコチラですね↓
クリスティーナ・オルソン
ワイエス氏は、オルソンの家や
その家族を30年近くにわたって
描き続けたそうです。
オルソンの家には、
こちらの女性クリスティーナと
弟のアルヴァロが暮らしていました。
クリスティーナは、体が次第に
動かくなくなっていく病にかかっており、
弟のアルヴァロが姉を支えていたそうです。
こちらの絵は、もの凄い迫力がありました。
悲しみと温かさが同居しているのです。
体が動かなくなっていく病にかかっていて、
悲しみを感じていながらも、
その厳しい現実を受け入れ、
いまあるものに感謝をしながら、
しみじみと幸せを感じている、
そんな印象を受けました。
彼女の視線が下を向いていたら、
落ち込んでいるだけになってしまいますが、
光の中、クリスティーナは、遠くを眺めています。
これは、家の外に広がる入江を見ているのだそうです。
光と影、家の中と外、悲しみと温かみ
これらが一つの絵の中に同居しており、
もの凄い存在感を醸し出していました。
私はこの絵を前にして、
何かを思い出しそうな気がして
泣きそうになりました。
結局、何も思い出すことが出来ませんでしたが
どうしようもない状況ではあるのに、
そこには同時に安らぎがあり、
日常のふとした場面であるにも関わらず、
普遍的な光景があらわされているように感じました。
もう一つ、心の琴線にふれた絵がコチラです↓
オルソン家の終焉
オルソン家では、
弟さんが亡くなり、
1ヶ月後にクリスティーナも亡くなり、
主がいなくなってしまいます。
ワイエス氏は、こちらの家の2・3階
の部屋を借りて絵を描いていたそうです。
こちらの煙突からは、
生前、姉と弟が1階で話している声が
聞こえてきていたそうなのです。
今は、その話し声も聞こえないのですが、
赤い少し崩れかけた煙突が、
その温かく楽しかった日々を
あらわしているようで、
静かでありながら、
物凄く胸に迫ってくる絵でした。
屋根に二羽のツバメが描かれており、
二人の姉弟をあらわしているようです。
姉を支えていた弟さんも
たまにワイエス氏の絵には描かれているのですが↓
モデルになることを恥ずかしがって
描かせてもらえなかったそうです。
いったいどんな人だったのか、
何を考え、日々をどのように過ごしていたのか
とても興味の湧くところですが
とても興味の湧くところですが
日曜美術館の放送の中で
3人が写っている写真が
放映されていました↓
左上の方がアルヴァロさんだそうです。
想像していた通り、
朴訥でやさしそうな表情をされています。
厳しい、貧しいなかにも
温かい日々があったのだろうな、、
と想像します。
ワイエス氏の絵は、全般として
悲しみと温かさが同居することによって
凄みのある絵となっているような気がしました。
人間の尊厳というか、
そんな簡単な言葉でくくれないほどの
重みと深みが描かれているように思います。
ワイエス氏の絵を見ていて、全体を通して、
どうしてこんな構図で描くんだろう、、
と思うものがいくつもありました。
猫の餌やりなのに猫が描かれていなかったり、
建物などが物凄く緻密に描かれているのですが、
特に、デザイン的にすぐれている、素晴らしいとか、
そういうことでもないのです。
私が感じたのは、 その視点というのがおそらく
子供の視点なのかなということです。
大人になると、実用とか装飾とかいった
有益かどうかの視点から
物事を見てるように思いますが
ワイエス氏の場合は、子供のように、
そこにある不思議さにただ感動して
絵を描いてるように感じました。
石一つを描くのでも
1つ1つに意思が宿ってるかのように
しっかりとそれぞれの表情を描き分けているのです。
カーテンがふわっと舞ったり、
洗濯物が風にそよいでいるような
瞬間にも感動を 覚えていたようです。
それらは、私たちが日常で当たり前と
思っている風景なのですが、
そんな中にも感動が潜んでいる、
ということなのだと思います。
私は、今回の展覧会、
特にアンドリュー家に関わる絵の数々を見て、
実際に残っているアメリカ東部のアンドリューの家を
訪ねてみたいものだと思いました。
しかし、はたと思ったことがありました。
それは、ワイエス氏が訴えたかったのは、
実は 各々が今 そこに、持っている景色こそが、
アンドリュー家の景色であり、
ただその素晴らしさに気づいてないだけなのかもしれない、、ということです。
そして、その貴重さに気づいた時には、
もうその大事な瞬間が手のひらから
こぼれ落ちてしまっている、、
ということなのかもしれません。
そうならないように、日常の中にある 驚き、
存在というものを 、ワイエス氏は出会うたびに感動し絵筆を走らせたんじゃないかと思います。
私はこの展覧会に行く日の朝、
いつものように近くの公園を散歩していたのですが、
なんと、カラスがスズメの子を捕まえて 枝に止まり、
猛禽類のように足で押さえ、つついて食べている場面に遭遇しました。
雛がピーピー鳴いており、親鳥でしょうか、
何もするすべがなく、近くの枝にとまってどうしようもなく見ているだけでした 。
やがて 鳴き声がなくなり、カラスも雀もいなくなりました。
うわー、こんことあるんだ、、と思った瞬間でしたが、
この朝の景色が、ワイエス氏の絵を見て思い浮かびました。
もしかすると、日常の生活というものも、悲しみと温かみのようなものが同居しているのではないか、、と。
親雀や雛にとっては、とんでもなく悲しい出来事ですが、
カラスにとっては、餌にありつけた、という温かい、喜ばしい出来事です。
こういった構図をワイエス氏は絵の中に描こうとしたのかな、、
などと考えました。
自然というのは悲しみと温かみの対立する要素で出来ていることをワイエス氏は1つの絵の中に描きたかったのか、、という気がしました。
松ぼっくり 男爵にしても、 ふと見ると鉄のヘルメットの中に 松ぼっくりがたくさん入っていておかしみを感じるのですが
やはり そのヘルメットというのは戦争を連想させるものであり、
そこには生と死というものを暗示させているような気がします。
ワイエス氏の絵はそのように対立する概念を内包させつつ
しかし、そこにかすかな生命の輝きというか
希望の光が差し込んでいるという情景を描きたかったのか、
だから、見ていて暗くならず、どこか心が和みほっこりするのかと感じました。
ここで書いていて思ったのは、悲しみというのは、本来、古語では、
愛おしい、胸が締め付けられるほど可愛い
というような意味だったことです。
ワイエス氏の絵に描かれている悲しみというのは、悲嘆にくれて、胸が張り裂けそうでどうしようもない悲しみ、
というよりは、愛おしさに通ずるような悲しみなのかも知れない、、と感じました。
ワイエス氏の絵は、緻密な絵の技術も含めて本当に素晴らしく、心に深く刺さり、大いに揺さぶられました。。
機会があったら、他の絵も見てみたいなと思いました。
さてさて、ワイエス氏の話だけでかなり長くなってしまいましたが、
実はこの日は、上野の森美術館でやっているゴッホ展にあわせてワイエス展も見に来たのでありました。
いやいや、並ばなくても携帯からオンラインで買えるでしょ、、と突っ込みたくなりましたが、、(笑)
今回写真を撮っていいのは↓
こちらの二点のみでした。
ゴッホは私の好きな画家ですが、
今回の展示はなんとなくレジャーランド的な感じで、
午前のワイエスの重みもあって、
あまり心を動かされるものではありませんでした。。
↑ショップに入るのも20分待ち、、
今回スルーして帰宅しました。
いや~、でも絵っていいですね。。
またピンとくる展覧会があったら、
万難を排して見に行こうと思います♪
おまけ、、ギャラリー
↑こんなユリも咲いた!
↑近所を散歩して、、
↑初夏に藤が見事に咲いていましたが、
いまはこのようにインゲンのような
実がなっています、、(笑)↓
ここは、家から歩いて10分も
しない所にある公園で
ほぼ人もおらず、
休日にこの藤棚の下で本を読んだりしています。
この公園は、山に隣接しており、
ある程度本を読んだら、
トレーニングも兼ねて、
ちょっと登山道も歩けちゃうという
素晴らしいところです!
↑公園の少し日陰になっているところでは
まだアジサイが満開でした♪↓
おしまい

