2024年9月15日日曜日

科学がつきとめた “ 運のいい人 ” ♪

 

最近、人から勧められてコチラの本を読んでみました↓



中野信子 『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』 2023


運がいい!

といえば、私的には斎藤一人さんが真っ先に思い浮かびますが、

科学的な視点からどのうようなことが分かっているのか興味をもち、購入して読んでみました。


基本的には斎藤一人さんをはじめ、今まで読んできた本の復習と言った感じでしたが、

科学的な視点からこんなことまで踏み込んで言えるようになってきたんだ、、ととても面白く、為になりました。


本書の初めに書いてある通り、

運がいい人には共通した行動パターンがあるようです。それゆえ、運はコントロールできるのです。

それなら、その運がよくなる行動パターンを習慣として身に着けてしまえばいい訳です。


その運がよくなる習慣を本書は、これでもか、というぐらいに挙げてくれています。

参考にならない筈がありません。


私は数々のこの種の本を読んできましたが、読みながら付箋を付した箇所が幾つかあったので、その言葉を紹介しておきましょう。


運のいい人は自分を大切に扱う


運のいい人は、たとえ人前で靴を脱がなくても、穴の開いた靴下を履いたりしない、、とありました。


うーん、ワッシも結構身だしなみには気を付けているかなー、、とこれを読んだ数日後のことです。。


私はロードバイクに乗る時には、専用の手袋をはめているのですが、長年愛用してきたので手のひらのレザーの部分に破けがありました。


気に入っている柄だったし、手のひらはまず自転車を運転していたら人には見られないよね、、ふん、ふーん♪とロードバイクに気持ちよく乗っていたのですが、


お気に入りのコーヒー屋で、コーヒー豆を買う際に、手袋をはめたままお釣りを受け取ったので、完全に手のひらのレザーの切れた部分を見られてしまいました、、。


あー、運のいい人はこういう所もしっかりやってるんだろうな、まだまだ自分は甘い、、と痛感させられた出来事でした(笑)。


運のいい人は自分なりの「しあわせのものさし」をもつ


この章では自己一致の状態というものを説明しています。

ああなればいいな、こうなれたらいいな、という状態ではなく、

いまこの瞬間が最高にしあわせ、自分が大好きという状態をいうそうで、そういう自己一致の状態の人は人に好かれるのだそうです。


これは凄くよくわかる、そして、最近私はこの状態でいることが多い感じがしています。いいね~、、。



運のいい人は「おもしろそうかどうか」で決める


これは一人さんも言っていることで、私もそう心掛けています。一人さんは正しいかどうかより、楽しいかどうかを基準にして決めてみな、、と仰います。


人を不快にさせることは論外として、自分がコチラの方がわくわくするな、、と感じたら、打算的なことよりもそちらを選ぶとものごとでものごとがうまく運んでいくようです。



運のいい人は「〇〇ちゃん、大好き」と自分に言う


鏡に向かって自分に肯定的な言葉をいうことは、マーフィー博士も説いているところです。

一人はさんは自分で自分の頭をなでなでしたりするそうですよ(笑)

大事だね~、、。



運のいい人は品のある行動をとる


これは大切ですね。つまり思いやりがあるかどうかということでしょう。


これと逆のことをやっていたら、運は確実に下がっていくでしょうね。品のいい行動というのはカッコいいし、心掛けたいことです。



運がいい人は利他的な行動をとる


人は人に喜んでもらえると自分も嬉しくなるというようになっているようです。


最近読んでいる一人さんの本にも、なんか最近つまらないな~、、と思っていたら、どうやったら周りの人を楽しませることができるか、、と考えてみるといいよ、と書いてありました。


自分も楽しくなり、人にも喜んでもらえれば最高ですよね。そして、人に喜んでもらえたということは、またこの人に会いたいと思ってもらえるということであり、その後にも続いていきますよね。。



運がいい人はゲームをおりない


運がいい人は目標があったとしたら、失敗してもそのゲームを降りないのだそうです。これは勉強になりますね。


目標をもって行動し続けるということで運が向いてくるということのようです。


一人さん的には、本当は人生に失敗というものはないのだと。すべて成功か大成功かのどちらかなのだそうです。


失敗だと思っているものも、そちらの方向じゃダメだったということがわかった成功体験なのだそうで、私もそう考えるようにしています。


するとすべての体験が財産であり、宝であり、自分にとってプラスの出来事であることが分かります。


運のいい人はいつも頭のどこかで夢を意識しておく


これはいえますね。問題意識をもっていると、考えていないところでも頭が勝手に考えてくれているようで、何かのきっけでハッとわかることがあるものです。目標を意識しておくことは大事ですね。



運のいい人はポジティブな祈りをする


科学の方面から祈りをするといい、という言葉が出てきたので、少しおっと思いました。しかし近年、祈りの効用というものが科学の方面からも意識され出しており、そういった本が特に西洋の方から出ているようです。


私も祈りは大切だと考えています。言葉によって心は、天国でも地獄でもどのような状態にでもなりえますが、


自分にとって聖なる存在を言葉にすることによって、心がその境地に近づき、その心地よい状態になってから瞑想をするというのが最近の私の瞑想のやり方であり、とても効率的だし、理に適った方法だと感じています。


これをすると、足をどう組む、手をどこに置く、呼吸がどうだというのがいかに副次的なことであり、目的と手段を逆にしてしまって、本来のありうべき心の状態をはずしてしまう可能性を感じます。


祈り、言葉の効用をうまく生かせば、瞑想の時間だけでなく、日常の生活をしながら、ふと思い出したときに言葉を用いることで、ほぼ24時間心安らいだ幸せな状態にいることができると感じています。


祈り、ことばってとても大切だし、これを使わない手はないと感じています。こういった効用を空海は真言といい、その教えを真言宗と呼んだのかな、、と最近感じています。



以上、私の心にひっかかった箇所を挙げてみました。

下の方に、本の出だしの個所と目次を挙げておきますので、興味のある方は覗いてみてください。


また、本書とともに、中野先生の本で気になるものを2冊同時に購入し、3冊を一気に読んでしまいました。











これらの本もとても面白かったです。

特に後者の方はマンガなのですが、意外や意外、かなり深い内容だったので、ほほー、ナルホド、、と思わされる点がかなりありました。

興味のある方はぜひ、手に取って見てくださいね!


タイトル:科学がつきとめた “ 運のいい人 ” ♪

でありました。


おしまい


( ´∀`)b  グッ、ツイテル、ツイテル ♪


















中野信子 『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』 2023





















2024年9月8日日曜日

認識のずれ、、、

 

自分が思っていることと、相手が思っていることの間には、かなりの認識のずれというものがあるもののようです。


以前にも書きましが、洋服屋さんで女の子が一所懸命、鏡を見ながら前髪を直しているのですが、その表情をみてちょっと引いてしまったのです。


それは口をへの字にしながら、一所懸命に前髪を直しているのです。


いやいやいや、もし人に好印象をもってもらいたいと思って身だしなみを直しているのなら、まずその表情だよ、前髪なんか見てないよ、、と思ったものです。


結構、自分の思い込み、自分が良かれと思ってやっていることと、他者が思っていることの間にはかなりの隔たりがあるものだなと、


自分もこのようなことを知らずにやっているのかもしれないと思わされた出来事でした。


そういう目で、世の中のことを見聞きしていると、そういう認識のずれというものがかなりあるようです。


男女の認識のずれで有名なのは、会話に関するものですよね。

女性は話すこと自体に重きを置く傾向があるのに対して、男性は結論を求める傾向があり、お互いにこの特性を理解していないと不和の原因となります。


また違う男女のずれで言えば、何かのテレビ番組で、女の子がモテたいと思って一生懸命ダイエットをして痩せたら、男性からまったく相手にされなくなったとかいうエピソードを見ましたが、まさにこれも男女の認識のずれですよね。


また、私が録画して見ているカンブリア宮殿では、少し前に水族館のことをやっていました。


その水族館は、潰れるギリギリのところまで行ったのですが、館長がどうやったら人を呼べるか、全国の水族館をひたすら巡ったのです。


すると、どうも水族館のスタッフが思っていることと、実際に水族館にくるお客さんの間に認識のずれがあるようだということに気づくのです。


水族館では、普通、水槽の横に魚の説明などを貼っているものですが、実はほとんどの人はそういった説明を見てないのだそうです。


水族館に求めるものは、癒しだったり、驚きだったり、涼みに来ていたりと(笑)、水族館が考えている学術的な魚の説明などではなかったのだそうです。


そこからその水族館は、来てくれるお客さんにいかに喜んでもらえるかという発想に切り替えたところ、経営がV字回復したのだそうです。


斎藤一人さんもこれと似たようなことを言っています。商売は釣りに似ているんだと。


自分がチョコレートパフェが好きだからって、餌にチョコレートパフェをつけても、魚は来ないよと(笑)。


しっかり魚を観察して、魚が好むものをぶら下げないとだめだ、ということをいっています。


この例えは笑えますが、結構これに近いことを人は気づかずに平気でやっているものなのかもしれません。


以前読んだ椎名誠さんの本には、ある有名な旅館に泊まった話がでていました。


夕食時に着飾ったその旅館の女将があいさつに回ってきたのだそうです。


せっかく家族で久しぶりに集まってワイワイやっていたところに、その着飾った女将がこれでもかという感じで一流旅館のサービスとはこういうものだと言わんばかりの挨拶をして去っていったので、


その後、場がしらけて元に戻ることがなく、なんだったんだアレは、、という感じになってしまったのだそうです。


私も客だったら、わざわざ女将があいさつなんてしてほしいと思わないし、それがサービスだとも思わないな~、、と思ったものです。


なぜ、今回このことを書こうかと思ったかと言うと、先週末に、私は山形の百名山、大朝日岳に登ってきたのですが、登山後に泊まった宿で似たような認識のずれがあったのです。


私は最近、斎藤一人さんが紹介している寺田屋さんの日本酒を飲んでから、その神懸かった味に感動し、


地域によって、日本酒ってこんなに違うものなのか、、と旅先で縁のあった日本酒を色々と味わうようにしています。


今回、私は朝日岳登山後、月山の近く五色沼のほとりにある温泉旅館に宿泊しました。


夕食時に、メニューにある山形の地酒を味わってみたいと思ったのです。


それで、ドリンクメニューにあった、お酒をさして、

これは純米酒ですか?

と聞いたのです。


すると、給仕をしてくれている宿のおばちゃんは怪訝そうな顔をして、


え、純米酒?奥で聞いてきますね、、


といってひっこんでしまいました。

そして、今度は主人が出てきて、


純米酒って、どういうこと?意味が分かんないんだけど、、?


と少しキレ気味で聞いてきたのです(笑)。

私は、は?と思いながらも


純米酒というの醸造アルコールを入れてないものをいうんですよ、


と説明すると、


あー、それなら入ってるよ、


といって引っ込んでいきました、、。


地方に旅に行った人の中には、私のように土地のお酒を飲んでみたいと思っている人が少なからずいもるのでしょう。


そして、工業的に作られたアルコールを混ぜない純米酒を所望する人もいる筈です。


それが、酒どころ山形で、かつ日本旅館で日本酒を何種類か提供していきているにもかかわらず、


そういった基本的な知識もないことに、私は驚愕してしまいました、、。


えー、そんなことってあるんだ、、と。


それも若者ではなく、地元の年配のおじちゃん、おばちゃん、いいお年をした大人です。


旅館としては、なんとなく地酒と思えるようなのを提供してお客に酔ってもらえればいいぐらいな感じでいるのかもしれません。


しかし、お客の側としては、せっかく地方に旅に来ているのだから、本物を味わいたいし、美味しい発見や感動を体験したいと思っているものです。


なので、たまに、オチョコ1杯ずつを3種類で、地酒飲み比べセットみたいなものを提供している宿があると、ホント嬉しくなって頼んでしまいます。


しかし、こういうお客の側の要望に無頓着だと、下手したら、720ml何千円もするようなビンを開けないと美味しいお酒が飲めないシステムになっているところもあって、


私は、宿がアンケートを書くようしていたら、必ず、少量で飲み比べセットみたいなのがあると嬉しいというようなことを書くようにしています。


日本酒なんて、私は一合でも多すぎだと思うので、いろんな種類をちょっぴりずつ飲んで味わい、その違いを味わえればそれで十分なのです。結構、そういう人っていま多いんじゃないのかな、、。


そういう意味では、山形駅の近くに、地酒を試飲できるスペースが最近作られたようで、500円払って地酒を3種飲めるシステムになっており、私は6種類も味わことができて満足でした。


しかしここも、観光協会がやっているようなので商売っ気がなく、美味しい地酒に巡り合えてもそこで買うことができないという、観光客にとっては不満の残るたいへん残念な場所となっているのです、、。


普通、美味しいお酒に巡り合えたら、お土産として買いたいと思うものでしょう、、。


結構、世の中にはこういうことがあるようです。


しかし、ということは逆にいうと、自分が思っていることと相手が思っていることに隔たりがあるということを前提に、


徹底的にリサーチして、相手の要望を提供出来たら、もうそれは最強ということになりますよね。商売でもなんでもうまくいきますよね。


これってすごく大切なポイントだなと思います。


大きなところの違いで言えば、国や民族の認識の違いですよね。ほぼ、これによって戦争が起きているといっても過言ではないでしょう。


どちらも自分たちは正しく、正義を行っていると思っているのだから、これは行くところまでいかないと止まりませんね、、。


相手が自分とは違う認識をもっていること、それを知ろうとする態度というのは今後ますます大切になってくるんだろうなと思います。


タイトル:認識のずれ、、、


でありました。


おしまい



<(_ _)>


ギャラリー :朝日岳登山  ↓























































2024年9月1日日曜日

時間はたっぷりある、、

 

最近話題のエヌヴィディアのCEOさんの有名な話です。


彼が家族で京都のお寺を訪れたところ、苔の手入れの為、枯れた苔をピンセットを使って丹念に取っている庭師の方がいらっしゃいました。


彼は広大な庭を25年間にわたって、一人で手入れをしてきたというのです。


その庭師はCEOに「私には時間はたくさんありますから」と語ったというのです。


そして、 その言葉が彼の人生観を変えたそうです。


それ以来、自分には時間がたっぷりあると考えるようになり、人と会う時も自分には時間がたっぷりありますから、という言っているとのこと、、。


時間がたっぷりある、時間は無限にあるというのはスピリチュアル的には正しいことです。


私たちは魂のレベルでは決して死ぬことがなく、永遠の時間があります。


 ただしこの人生は有限ですから、与えられている時間には限りがあります。


しかし、その与えられた時間をたっぷりあると考えるのか、いつも時間が足りないと考えるかで、大きな違いとなってきます。


私は大きく、人の豊かさ、幸福感と言うのは、物質的豊かさ(お金)、心と体の健康、時間、にあると思います。


そして、人が幸福かどうかの一つとして、時間に対するゆとりの感覚があるかという点は大きいと思います。


いつも時間に追われていて、あせっていて余裕がない状態というのは、あまり心豊か、幸福であるとは言えないように思います。


人にはやらなければならないことが山のようにあるものです。


しかしそこで、この庭師やCEOさんのように、


私にはたっぷり時間があります、時間は無限にある、


というような言葉を敢えて自分に言い聞かせていると、不思議と心に余裕が生まれてくるようです。


自分には時間がたくさんある、という言葉を発していると、いまやっていることを丁寧に、心を込めてやるようになり、


結果、集中してものごとに取り組むので、いい仕事ができ、また効率も上がり、心も満たされるという構図になっているような気がします。


またやりたいこと、やらなければならないことに時間をとって取り組むようになるので、


やる必要のないことをだらだらしないようになるような気がします。


私にはたっぷり時間がある、と思うからだらだらとやるのはなく、むしろその逆で、時間を大切に使うようになるようです。


これはお金についても言えて、マーフィー博士は、


私は使いきれない程のお金をもっています、


ということを自分自身に常に言い聞かせなさい、と言っています。


こう自分に言い聞かせることで、結果、お金持ちになるのだと。


私には無限のお金があるから幾らでも好きなものを買うというのではなく、無限のお金があるという感覚をもって、普段通りの日常生活を送りなさいと。


そうすることで、心の余裕が生まれるし、そう心にイメージを植え付けることで、いずれお金持ちになるということを、実際にあった事例をあげて、何度も説明しています。


これは健康に関しても同じで、マーフィー博士は、


私の健康は神である、輝くばかりの健康をもっています、


ということを常に自分に言い聞かせなさいといっています。


これは実際に自分が病気であろうがなんであろうが関係なく、そう唱えなさいということです。


そうすることで、本当に健康になっていくから、と。


私は、ああこれは本当だな、と直感的に感じ、以来、


時間に関しても、お金に関しても、健康に関しても、あってほしいと思う状態がすでにあるものとして、上に挙げたような言葉を常に自分に言い聞かせることを習慣としています。


そして、それには確かに実際の効果があるようだし、心にゆとりが生まれ、いつも幸せでいられる秘訣であるように思います。


もし、この文章を読んで、なにか感じるものがあるとするなら、


私にはたっぷりの時間があります。 時間は無限にあります。

私には使いきれないほどのお金があります。

私は輝くばかりの健康をもっています。


といった趣旨の自分にあった言葉を、毎日の生活の中で自分に対してかけるようにしてみてください。


もし、その文章が自分の実際の状態に対してうそを言っているように感じるなら、文章にしないで単語のままでもいいといいます。


マーフィー博士は、たとえば、


私は人生の成功者です、人生の勝利者です


ということに抵抗があるなら、


人生の成功者、人生の勝利者


などと主語や述語をなくして、核となるイメージを喚起する単語だけでも良いといっています。


面白そうだと感じた方は、ぜひ試してみてください。

何かが確実に変わってくるはずです!



時間はたっぷりある、、


でありました。


おしまい



<(_ _)>





2024年8月25日日曜日

歴史を学ぶって楽しいなぁ~、、

 

斎藤一人さんのお弟子さんになった方には、いくつかの読むべき本が課されるそうです。


デール・カーネギーさんの名著、




デール カーネギー 『人を動かす』




デール カーネギー 『道は開ける』


はそれぞれ7回!(笑)、


それを読み終えると、それじゃ、次の本は3回でいいからね~、、と優しく言われるそうですが、




司馬 遼太郎 『坂の上の雲 (1)』


こちらが全8巻!(笑)


またその後は、




司馬 遼太郎 『菜の花の沖 (1)』


これが全6巻ありまして、こちらも3回読むように、とのことだそうです(笑)。


私は、カーネギーさんの本は読んだことがあり、とても為になったのでそれは納得できるし、


坂の上の雲もなんとなく知っているのですが、


菜の花の沖って??


という感じでした。


ということで、いったいどんな内容なんだろう、、と最近読み始めた所なのですが、これがものすごく面白い、為になる、一人さんがなぜ勧めたがよくわかります。


まだ2巻までしか読んでいないのですが、江戸の当時の日本人の習俗、習慣、世界観、考え方がよくわかるし、


何より、商人としての心構えとか心意気をこの本を読んで身に沁みつけておくこと、ということなのだろうと思いました。


いや~、どの時代にも素晴らしいひと、天才的なひとというのはいるものですね、、ただただ感服してしまいます、、。


読み進めていくにつけ、作家というひとは凄いなぁ、、と舌を巻いてしまいます。


相当、資料などを調べて描いているのだろうとは思いますが、その時、その場にいたかのように生き生きと場面を描いているので、その風景がありありと心に思い浮かび、血沸き肉躍る感じです(笑)。


どの時代にも凄い人はいたんだなぁ~、、と感心ひとしきりです。。


私は、大学入試で社会は地理と世界史を取っていたので、日本史に関しては、悲しいことに本当に中学レベルで、


今になって、色々興味をもって本を読んだり、テレビの歴史ものを見たりなどして学んでいます。


何年に何があった、、というのではなく、


その当時の人が、どういう気持ちで何をどのようにしたのか、、という物語がものすごく勉強になります。


これは日本史に限りませんが、、。


最近、NHKの時代劇の再放送で塚原卜伝をやっているのですが、


これが面白すぎて、やっているのに気づいたのがすでに全7回中、5回だったので、NHKオンデマンドで見ています。


生涯無敗の剣聖ということもあり、どんな人生だったのかとても興味の惹かれるところですが、


それだけでなく、ドラマの中で、まず訪ねたことのある鹿島神宮が出てくるし、


剣の修行の旅先で、小田原城にて北条早雲の前で試合をしているし、足利将軍の前でも御前試合をし、


後に武田の軍師となる山本勘助なんかも出てくるわで、ああ、こういう繋がりになっているのか、とても勉強になります。


また最近見た、NHK知恵泉で、天海僧正についてやっていたのですが、


彼が家康と出会ったのが70歳、その後、108歳で亡くなるまで現役で三代家光にまで使えたとのことです。


その中で見いだされたのが沢庵和尚というのも、そんなつながりがあるんだ、、ですね。


また天海は、時の将軍に、長生きの秘訣は粗食だと語ったのだそうで、これまた為になりますね、、。


塚原卜伝も天海についても歴史小説があるのでいずれは読んでみたいと思っています。


司馬遼太郎に関しては、『空海の風景』なんて本もあるし、ぜひ読んでみたいところです。


いや~、歴史って面白いですね、、。


フィクションではなく、実際に生きていた人ですからね、為になりますよね!


これからも興味をもって色々な媒体を通して歴史の勉強をしていきたいと思っています。


<(_ _)>



2024年8月18日日曜日

週に一度、包丁を研ぐ ~ 陰と陽に思いをはせる


私は昔から包丁を研ぐのが結構好きで、定期的によく研いでいました。包丁を研ぐと切れ味がよくなって、料理をしていて気持ちいいものです。


今は、だいたい週に一回、包丁を研ぐようにしているのですが、たまに忙しくて研げないことがあり、久しぶりに研ぐと、その後の一週間、毎日包丁を使うたびに、


おー、切れる、切れる、うひひ、、


といった感じで、気持ちよく食事の用意が出来ます。


ということで、包丁を研ぐことは、私に幸福感を与えてくれるので、週一回、週末に出来るだけ研ぐことを心がけています。


昔は砥石を出して、濡らしてシャコシャコと研いでいましたが、セッティングや後片付けが手間であるため、今は、セラミックの棒のタイプのものを使っています。


これだとさっと出してきてすぐに手軽に研げ、しかもかなりの良い切れ味となります。テレビを見ながらとかもできます。


仕上げがうまくいっているかは、自分の指にあてて、すっと指の皮になじむか試しています(笑)。


また、何かのテレビ番組で、刃物を作る職人さんの映像が流れている中で、仕上げとして紙やすりを使って仕上げている場面があり、


へ~、紙やすりを使うのもありなんだ~、、


と、一時は、刃物に錆がついたりしたときは200番くらいの耐水の紙やすりを使っていましたが、


ある時、ホームセンターに行ったときに、刃物専用の食器洗いのスポンジのような形をした紙やすりがあり、試しに購入してみたのですが、


こちらは立体なのでとても使いやすく、時に刃に錆やくすみが出たときに、現在はこのスポンジ状の紙やすりを使用して仕上げています。


(色々な便利なものが売っているものですね~、、)


これを使うと、刃がピカピカになって、見目麗しく、ウキウキの気分になります(笑)


このように、私は週に一度、刃物を研ぐことを習慣にしています。


人には、1日、2-3日、一週間、1か月、1年というレベルで、周期的にやることというものがあるものですが、


人に与えられている時間をどのように割り振るのかというのは、投資におけるポートフォリオ(資産の分散)と同じだな~、、と感じます。


与えられている時間という資源を、自分が幸せを感じられるようにどのように配分し、何の活動にあてるかというのはまさに投資の考え方だなと思います。


誰でも、与えられている時間を自分たちが幸せになるようにと思って配分し、使っていると思うのですが、


その時の参考になるのが、ものごとにおける陰陽の考え方かと思います。


包丁に関していうと、その陽を普段使いとするなら、陰はそのメンテナンス、刃を研ぐことと言えるかもしれません。


普段使う一方の陽ばかりに偏り、陰のメンテナンスを疎かにしていると、陽の方に影響=切れ味が悪くなります。


このことは道具一般にいえることかもしれません。


前回、登山で足の脱力が大事だということ書きましたが、普段体を使うことを陽とするなら、筋トレはそのメンテナンスにあたり、陰と言えるかもしれないし、


また筋トレを体を動かすことという意味で陽とするなら、その休息は陰であり、陰もしっかりとらないといけないことは歴然です。


覚醒しているときを陽とするなら、陰である睡眠をしっかりとることで陽は保たれるし、覚醒時にしっかり活動することが、深い睡眠へと繋がります。


ということで、たまに、今自分のやっていることが陽なのか陰なのか、その反対に相当するものは何に当たるのか、


その反対に当たるものを疎かにしていないか、に時に思いをはせてみるのは大切なのかなと思います。


ものごとが、なんとなくうまくいかないときは、陽ばかりに意識がいっていて、陰を疎かにしているかもしれませんし、


何かしなければならないことを陰とするなら、陰に追われていて、自分が本当にしたいこと=陽を疎かにしているのかもしれません。


人には誰でも1日24時間、一週間で7日という時間が与えられているようでありながら、実はこの陰と陽のことを考えると、


陽である、何かあることをするとするなら、それとセットになっている陰を自ずと設定しなければならず、かなり自動的に時間の配分というものが決められているのではないかと感じます。


睡眠の学者は、1日は24時間でなく、初めから睡眠分の8時間を引いて1日を考えるべきだということを言っていますが、まさにその通りだと思います。


刃物を使うなら、その陰である研ぐこともちゃんと視野に入れて、


料理人なら1日の終わり、普通の家庭なら1週間に1回位はそのメンテナンスである研ぐことをポートフォリオに入れた方が幸せ感が増すように感じます。


たかが刃物を研ぐという行為ですが、これを生活全般に広げて考えると、ナカナカ深い行為であるなと感じます。


週に一度、包丁を研ぐ  ~ 陰と陽に思いをはせる


でありました。



おしまい



<(_ _)>