2008年9月14日日曜日

ダニオン・ブリンクリー氏とその予言③

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この領域にたれこめている、厚く、重い動きのエネルギーは、私の力を萎えさせ、救いようのない感情に陥らせ、私を悲しみで満たした。私はこの霊的な領域に漂う魂たちの姿に目を奪われていた。彼らは希望もなく、繰り返し生じてくる抑うつ、落胆、絶望の悪循環のなかに囚われていた。じっくりと観察してみると、彼らは人生の最後の日々を、何度も、何度も、際限なく追体験していた。最終的に私にわかったことは、これらの迷える魂の一部は、この胸の張り裂けそうになる空虚な場所に、何百年も囚われ続けているということである。
(Secrets of the Light, p.48-49)

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ダニオンは自分の滞在するはめになったこの霊の世界をブルー・グレーの領域と名づけています。それまでの二回の臨死体験では、光と愛につつまれる天国を体験しており、それ故、講演などでは聴衆に次のように語っていたといいます。

私は臨死体験をするまで粗暴で手のつけられない荒くれ者のだった。所属していた軍隊の特殊任務で多くのひとを殺してきた自分でさえ天国にいけたのだから、他の誰が天国に行けないことがあろうか。

と。ダニオンは今でこそスピリチュアルな人間ですが、かつては本当に粗暴な人物だったようです。たとえば、自分が歩いていて人が邪魔だった場合、「すみません、通してもらえますか」と声をかけるよりかは、殴り倒して通って行った方が楽だと考えるような人物だったといいます。

話は逸れましたが、1997年の脳出血による臨死体験によって、ダニオンはそれまでとは違うこのブルー・グレーの領域を訪れることになったのです。ここは、この世とあの世との中間領域で、何十年、何百年にわたって死んだことにも気づかず、延々と戦争を繰り返す霊などが存在するといいます。

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あたりを見渡すと、さらにたくさんの兵士がそれぞれ違う背景を背負いながら、似たような状況で彷徨っていた。彼らは、多種多様な軍服を身にまとっており、それらは世界史におけるすべての戦争を表していた。これらの男たちは集団を形成していたが、単に自分が勇敢に戦った特定の戦争や闘争に基づいて集団を形成しているわけではなかった。彼らは、自分たちのとらわれている思考形態に応じてもまた集団を形成していた。戦闘に参加し、自分であろうが相手であろうが命を失うことに関して彼らはとらわれていたのだ。
(Secrets of the Light, p.50)
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ダニオンは、この領域でこのような浮かばれない霊たちの悲惨な光景を数々目撃したといいます。そして次のように思ったそうです

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また日を改め、この彷徨える魂たちの演じていた茶番劇を思い返していると、政府、様々な組織、宗教の失策の深刻さに思いを馳せずにはいられなかった。すなわち、この世を去る瞬間において私たちを守り、導くための公平、公正なシステムに対する実際に即した生きた知識がまったく教えられていないのだ。もしこれが子どもの頃から、文字や九九の暗記のように中核をなす知識として教えられるなら、いまごろどれだけ違った世界が展開していたことだろう。
(The Secrets of the light, p.51)
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ダニオンは、知は力なり(knowledge is power)ということを繰り返し述べています。それは知識があることで、そのような領域にとらわれてしまう事を回避できるからです。

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私が天国と地上の間で目撃した、囚われている魂たちは、かれらの意思に反してそこにとらわれてしまっているのではない。彼らは、彼らの意志でそこに留まっているのである。その苦難は、彼ら自身がつくり出しているものなのだ。子どものように神の王国へ入るためには、子どもの純粋な真実の心を持っていなければならない。ことばを変えるなら、人は人生に対して、開いた、愛情のある、喜びの態度をもっていなければならない。そして、人生とは、寛大さによってもたらされ、力強く祝福された贈り物であることを常に心に留めておく必要がある。

あの日、二つの世界の間で絶望の中を彷徨っていた魂たちにとって、人生とは、喜びのない闘いであり、彼らの生き甲斐は怒りと非難の応酬のみであった。これらの彷徨える魂たちが形成する種々の集団は、見えすいた偽善、止むことのない皮肉癖、陰鬱で見るに堪えない無気力、裏切られたという悲痛、こういった類似する精神/感情のパターンによって精神的なつながりをもっていた。私たちは誰でも、時にこういったネガティヴな心理作用の中に落ち込んでしまうこともあるが、ここにとらわれている魂たちは、そこから動かない、あるいはこれらのことを人生のレッスンとして受け入れない、と心に決めた者たちなのであった。

地上で肉体をもって過ごしていた時期のどこかで、彼らは一様にスピリチュアルなアイデンティティの追求をやめ、生きるための情熱を放棄してしまっていた。それらこそが、彼らを完全にしてくれるものであったにも関わらず。

彼ら一人ひとりが死ぬずっと以前に生きることをやめてしまっていた。皮肉な事に、死の状態にあっても彼らは永遠の命という贈り物を拒否していた。宇宙的な発見に満ちたもっとも感動的な冒険が、ほんの少しの思考の転換によって可能な所にいるのにも関わらず、彼らはブルー・グレーの領域において、同じところをぐるぐる回るだけの苦役の中で競争することを選択していた

世の中で長いこと報告されつづけてきた怪奇現象や心霊現象といったものが、これらのとらわれた魂たちによって引き起こされてきたことは、疑うべくもない。彼らの精神が、自ら選択したネガティヴな破滅的領域に縛られ、彼らはいつ果てることもなく過去の同じ人生パターンを繰り返していた。そして、その道はどこへも通じていないのだ。

私の心は痛んだ。彼らが気づいてくれればと思う。ほんの少しの信心と、楽観的な考えをもって正しい方向に焦点をあわせさえすれば、この無益な状態と引き換えに、光の中に真のやすらぎを得ることができるというのに。実際、私たちの想念こそが、この世とあの世の両方において私たちの住む現実を創り出しているのだ。三次元の世界においては、温めてきた願望が現実のものとなって現われるのに、数ヶ月あるいは数年を要するかもしれない。しかしより高次の世界においてはほんの一瞬であり、ただ思い浮かべるだけで私たちの願望は即時に顕現する。それがいいものであろうが、悪いものであろうが。
(The Secrets of the light, p.53-54)
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ダニオンは三回目の臨死体験で、なぜその領域に滞在することになったのかが自分を振り返ってみてわかったといいます。自分自身も少なからず、皮肉っぽく冷淡になっていたといいます。というのも、なぜ自分が雷に打たれ、自分の希望にそぐわないこんなスピリチュアルなことをしなければならないのかと、常に不満を抱えていたといいます。

また雷に打たれたことによって、超常的な能力を得たこと、たとえば人の未来が見えてしまったり、まわりの人の考えがテレビのモニターに映る様に自分の心の中に同時に多数の映像となって見えてしまったりすることなどが耐えられなかったといいいます。こういう話をきくと、私たちがお互いに心のヴェールで仕切られているというのは、とても有難いことなのかもしれません。

いずれにしろ、ダニオンはこちらの世界でネガティヴな想念を常にもっていたことで、死後そのような領域に引き寄せられ、滞在するはめになったそうなのです。

また、ダニオンのこの滞在やあちらの世界でとらわれている様々な霊魂をみてみると、スピリチュアリズムでいわれる「波長の法則」がまさに適応されている世界なのだなと感じます。あちらの世界は完璧な差別界だといわれています。それはある意味平等なのですが、つまり心の状態に応じた世界が無数に層をなしており、私たちは自らの心の状態に応じた領域に引き寄せられるということだそうです。

聖書の中のことば、

わたしの父の家にはたくさんの住居があるヨハネ14-2)

とはそのような状況をさしているといわれます。また、

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。マタイ6-33)

とは、地上的な価値観とスピリチュアルな価値観がかち合う時は、常にスピリチュアルな価値観を優先させなさい、という事なのだと思います。というのも、地上の生活というのは一時的な滞在にすぎず、私たちの本来の居場所はあちらの世界なのだからだと思うのです。

次回はダニオンがこの三冊目の本を出すにあたって受けたインタヴューをのせようと思っています。

2008年9月13日土曜日

ダニオン・ブリンクリー氏とその予言②

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2008年までに、宇宙において私たちは孤独な存在ではないという事実が、地球上に住むすべての人びとにとって否定しようのない明白な事実となる。何百万の惑星と何十億の星があるのに、この宇宙に私たちだけしかいない、などとどうしたら思えるのか、私には理解できない。しかし疑ってきた人たちにとっても、宇宙人は周知の事実となる。私たちは自滅、大量虐殺、有害物質による中毒などの危機に瀕しており、彼らは姿を現さざるを得ないと感じているのだろう。そして、銀河間の血縁関係(inter-galactic lineage)の真実が常識となるだろう。もしこのヴィジョンが私の信じるとおりであるなら、この銀河間の血縁関係の真実を知ることによって、人類は大いなる一歩を踏み出すことになる!(p.222)

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これがもうひとつの2008年までに起こるとされている予言です。
皆さんはどう思われるでしょう。私は今年の七月のニュース

政府は宇宙人の存在を隠ぺい?=元NASA飛行士が「証言」
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008072500627&j1

がそれにあたるのかと、その後の動向なども注目していましたが、どうもこれではないようです。誰にとっても「周知の事実となる」というまでにはインパクトがなかったように思います。ということは、今年中に何か大きなイベントが起こるのかもしれません。


他の三つに関しても参考までにあげておきます。

インターネットはいまや地球規模の一つの意識を形成しつつあり、やがてインターネット自身が自意識をもつようになる。

異次元の存在とコンタクトをとれるような機械が発明され、それによって死別したひとなどともコミュニケーションをとれるようになる。

石油、金(きん)、ドラッグ、あるいは 宗教的狂信とテロリズム、に対する戦争は2010年まで続く。また2014年まで水めぐるを争いが中東、中南米、そして合衆国において勃発する。


ダニオンはこの三冊目となる本を出すつもりは全くなかったそうです。それまでの二冊の本のなかで、彼がむこうの世界で体験したこと、また光の存在から与えられたメッセージなどを十二分に伝えていたと感じていたからだそうです。たとえば、彼の与えられたメッセージは以下のようなものでした。

人類は、力ある霊的存在で、地上に善を創造するために生まれてきたのです
(『未来からの生還』p.35)

地球に向かうのは皆、勇気のある者たちなのです。ほかの霊的存在には、とてもやる勇気のないことを、あなたたちはやってのけているのですから。あなたたちは、神とともに創造するために、地球へ向かっているのです」(『未来からの生還』p.70)

地球上には大きな精神運動が進行している。これは人類の方向を変える力をもった運動になる。私たちは、未来がすでに決定してしまっているものでないことを知らなくてはならない。私がビジョンの中で見た事件のすべて、そして世界でこれから起こり得るすべての事件は、人々の努力で変えることができるのだ。光の存在によれば、私たちがしなくてはならないことは、自分たちが霊的な目的をもって霊的な場所で暮らす霊的な存在である、という事実を知ることなのだ。(『続 未来からの生還』p.246)


しかし三回目の臨死体験(1997年)によって、ダニオンは自分の体験が不十分であったことを知るに至るのです。しかしそれはあちらの世界で計画されていたことでもあったのです。その体験がこの三冊目の本を出す契機となったそうです。その体験とはどのようなものであったのか、これは次回書くことにします。

ダニオンに関して参考になるサイトとして、以下のような記事がありました。ご興味のある方は一度読んでみてください。本に書いてなかったことなども述べられていてとても為になります。

ダニオン氏とのインタビュー
http://alchemical-heart.cocolog-nifty.com/library/2006/10/post_d463.html

2008年9月11日木曜日

ダニオン・ブリンクリー氏とその予言①

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世界の石油の備蓄は一般に知られているよりはるかに少ない。2008年までに、石油の価格は1バレル当たり150ドルになるだろう。
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これは、2004年に出版されたダニオン・ブリンクリー氏の三冊目の本

The Secrets of the Light, HeartLight Productions (October 2004)(未邦訳)

に書かれていた予言です。当時の原油の価格が1バレル当たり50ドル前後であったことを考えると驚異的な予想と言わざるを得ません。

私はこの夏、世界が原油価格はどこまであがっていくのかと右往左往しているなか、心の中で150ドルじゃないの、とずっと思っていました。実際には今年2008年、原油価格は147ドルまで値をつけたあと急落しましたが、ほぼ当たったと言ってよいでしょう。

これは本書第20章「最後のヴィジョン」の中に挙げられている未来に起こる主な5つの出来事のうちの5番目の予言です。実はこの五つのなかに、2008年までに起こるとされている予言がもうひとつあるのです。それに関しては次回書きましょう。


さて、そもそもダニオン・ブリンクリー氏とは何者なのでしょうか。彼の邦訳されている前2冊を読まれている方はご存じかと思いますが、彼はアメリカ人で1975年に雷に打たれ、臨死体験をした人物です。臨死体験の中でクリスタルの街を訪れたダニオンは、そこで13の光の存在と出会い未来に関する117のヴィジョンを与えられたそうです。

ここら辺のことに関しては、臨死体験研究の第一人者レイモンド・ムーディー氏がダニオン氏の最初の著作によせた文書によって端的に表現されているので、それを紹介しておきます。

----- レイモンド・ムーディ博士のコメント-------------

ダニオン・ブリンクリーの臨死体験談ほど驚くべきものは、めったに耳にしたことがない。彼は死んだ自分の体を二度見ている。離れたときともどったときだ。そしてそのあいだは、やさしく、力に満ちた存在が住む霊界へと旅していたのだ。その存在は、彼の人生をあますところなく再現させ、自分の成功や失敗について反省する機会を与えてくれた。それから彼は美しい水晶と光の街に向かい、十三の光の存在の前にすわると、それぞれの光に知識を授けられた。

なによりも驚くべきことは、彼らが授けたというその知識の内容だ。ダニオンによれば、その光の存在の目前で、彼は未来をかいま見たのだという。

彼はそこで見たものを教えてくれたが、そのときの私はまったくナンセンスだと思った。雷に打たれた男のたわごとだろうと考えていたのだ。たとえば彼は、ソビエト連邦が一九八九年に崩壊し、食糧を求めて暴動が起こるだろうと語った。さらには、ある小国が大国に侵略されたことから、中東の砂漠で大戦争が起こるとも言った。光の存在によれば、二つの軍隊が衝突し、片方が破壊されるという。この戦争は一九九〇年に起きる、とダニオンは言い張った。その戦争とはもちろん、湾岸戦争であった。

前述したように、私は彼の予言をまともに取り合なかった。何年ものあいだ、私は彼の話にただうなずき、その内容を書き留めていただけだった。事故のせいで彼の脳のどこかが狂ってしまったのだろうと考えていたのだ。だから彼に好き放題話をさせておいた。なにしろ雷に打たれたんだ、だれだってどこか少しくらいはおかしくなるに決まっている、と同情しながら。

だが後に、それこそ雷に打たれたような気がしたのはこの私だった。彼が予言した出来事が、実際に起こり始めたのだ!(『未来からの生還』p.5-6)
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参考:

『未来からの生還―臨死体験者が見た重大事件』
ダニオン・ブリンクリー/ポール・ペリー共著 レイモンド・ムーディ博士 解説 大野晶子訳
(1994/10) 同朋舎
(原題)Saved by the Light
: The True story of a Man who Died Twice and The Profound Revelations he received,1994

『続 未来からの生還―あの世へ旅立つ人々への贈り物』
ダニオン・ブリンクリー/ポール・ペリー共著 鴨志田千枝子訳
(1997/10) 同朋舎
(原題)At Peace in the Light
: The Further Adventures of a Reluctant Psychic who Reveals the Secret of Your spiritual Powers, 1995

The Secrets of the Light
: Spiritual Strategies to Empower Your Life... Here and in the Hereafter
by Dannion Brinkley , Kathryn Peters-Brinkley (HeartLight Productions (October 2004)

2008年9月8日月曜日

あの世のひみつ

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船井幸雄氏のHPで推薦されていた本、

美鈴『あの世のひみつ-魂を癒してくれるスピリチュアルメッセージ-』 徳間書店 2008

を読んでみました。
彼女は美容師でありながら霊能者でもあるという異色のスピリチュアル・カウンセラーです。驚くべきことに、彼女は母胎内にいるときの記憶ばかりか、母胎に宿る前にどのようであったか、あちらの世界がどのようであったかまでも覚えているそうで、私たちがなぜ、どのようにして生まれてきているのかを知る上でたいへん参考になると思います。

彼女の壮絶な生い立ちや、その後どのようにして霊能者になっていったかは省くとして、本書内に書かれてあった印象に残った箇所を紹介しておきます。

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胎内記憶

人間の手は、体中で一番、エネルギーが出るところです。お腹の中にいたとき、一番気持ちがよかったのは、母がお腹をさすってくれることでした。優しいあたたかい波動で安心できるのです。

その次は、入浴。お母さんが気持ちよいと感じれば、胎児にも伝わるのです。しかし、このとき化学薬品を多く含む入浴剤が入っているとお母さんの皮膚から毒素が入ってくるので、気持ちよくありませんでした。

とにかく、母の手から発するオーラに包まれて、「これで大丈夫、もう大丈夫・・・・」と私は安心して長い時間、眠りました。(p.42-43)


自殺者の悲痛な叫び

大きな道から山道に入ってすぐの場所に、白い軽自動車がエンジンをかけたまま、狭い道をふさぐように停まっていました。悪寒が走ったその瞬間、目の前に若い男女が何とも言えない苦しそうな、悲しそうな表情で現れました。

「大変なことをしてしまった!助けてくれ!救急車を呼んでくれ!」と、すごい勢いでつかみかかられました。それまでの経験から、状況を一瞬にして把握することができました。
残念ながら、私の目の前の男女は、もうすでに亡くなっています。つまり、幽霊です。

<中略>

「楽に死ねると思ったんだ・・・。」でも、苦しくて、苦しくて、死ねなかった」と、男性は言います。恐怖心に襲われている自分自身に「冷静に、冷静に」と言い聞かせて、幽霊になった男女への説明に取りかかりました。

<中略>

「何とかしてくれ!俺たちは生きているんだ!あんたには、視えるだろ!」と訴える男性の霊と、「死にたいのに、死ねない……。どうすれば、楽になれるの?どうすれば、死ねるの?」と泣きじゃくる女性の霊は、私の家にまで現れるようになりました

このとき頼りになったのは、やはり師匠です。師匠は自殺者の家族に連絡をとり、準備万端で現場に向かいました。

そして、幽霊と遺族にこんこんと語り始めました。自殺は霊的には、人殺しよりも重罪であること。なぜ人間は生まれて、死んでいくのか。そして、死んだあとどこへ向かうのか。語り終えると、幽霊からの言葉に耳を傾け、家族しか知りえないことを遺族に伝えました。

自殺した人は後悔の念と、死んでも無にならないことへの戸惑いやあせりに我を見失いますが、残された家族も、本人以上に深い苦しみを与えられてしまいます。(p.107-110)


この世とあの世はあべこべ

この世とあの世では、あべこべです。この世では、お金を持っている人や出世した人が偉いとされますが、あの世には財産や地位は持っていけません。あの世で羨望を集めるのは、苦難や苦悩の中で一生懸命生きた人。この世では「お気の毒に」と言われかねない人です

<中略>

お葬式では、死を悼んで涙を流します。でも、あの世では「お帰りなさい、無事に戻れたね」と笑顔で迎えられます。この世では死の恐怖におびえていた人も、肉体を離れて四十九日が過ぎれば「こっち(あの世)の世界に戻ることができてよかった」と喜んでいます

そして、命の誕生は、この世では大きな喜びとされていますが、あの世では「大変な宿命をちゃんとはたせるだろうか」と不安な声に見送られます。

<中略>

この世でもあの世でも、結婚や出産はどちらもおめでたいことです。でも、なぜおめでたいか、理由は正反対です。この世では「愛する人と結婚して、これからずっと幸せに暮らせるわね」と祝福しますが、あの世では、結婚はゴールインではなくスタートです。恋人時代とは違い、生活を共にするとなれば、どんなに愛した人でも、食い違うことが出てきます。お互いの家族や親戚とも向き合っていかないといけません。あの世では、結婚してそうした苦労ができるから、おめでたいと考えるのです

出産も同じです。子供を育てるということは親として自分が育っていくこと。子供が思ったように育ってくれない、反抗するなどの苦労も出てくるでしょう。そこに大きな学びがあるから、あの世でも祝福されるのです。(p.176-177)

--------引用終了--------

感想・・・

胎教というのは、単に話しかけたり、音楽を聞いたりするだけでなく、肌のふれあいもちゃんと伝わるようですね。また入浴剤のことがでていましたが、母親の食べる物も胎児に相当影響を与えるそうで、注意が必要なようです。また、ここには引用しませんでしたが、出産時に赤ちゃんをすぐに母親に抱かせてあげるというのは、赤ちゃんにとって極めて大事な事のようです。

自殺の話が本書にはもうひとつとりあげられていましたが、自殺した人というのは、した瞬間に「しまった」と思うそうです。また本書でもあったように自殺しても苦しみの状況が変わらないばかりか、死んだことにさえ気づかずに、死のうとしてその場で延々と同じ行為を繰り返すそうです。だから、自殺の名所などに少しでもそういう思考の波長をもったひとが近づくと、引き寄せらて自殺をしてしまうということが起こるそうです。

最後のあの世とこの世では価値観が逆になっているというのは、スピリチュアリズムではよく言われることです。私の印象に残っているのは、臨死体験者のダニオン・ブリンクリー氏の著書に書かれていたことで、いつかこのHPで彼の著書(まだ翻訳の出てない三冊目の内容も含めて)や2014年ごろまでに起きるとされる予言について書きたいとおもっているのですが、彼があちらの世界で聞かされたことによると、向こうの世界では、人類を救うなどという大きなことよりも、身近なところの思いやりのある行為、小さな親切などがとても評価されるそうです。

参考:

美鈴
『あの世のひみつ-魂を癒してくれるスピリチュアルメッセージ-』徳間書店 2008

船井幸雄.com
http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=200808006

2008年9月7日日曜日

カーツ(加圧トレーニング そのⅡ)

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図書館でリクエストしていた本、

佐藤義昭『加圧トレーニングの奇跡-免疫力を高める-』 講談社 2004

がやっときたので、さっそく読んでみました。著者は加圧トレーニングの考案者、佐藤義昭氏その人。加圧トレーニングが生まれるまでの経緯やその原理、体験者の声、これからの応用などが一通りとてもわかりやすく書かれています。

私は前回のブログで、健常者がこのような方法を頻繁に使うのはかえって危険かもしれないという意見で文章を閉めましたが、この本を読んで少し意見が変わりました。

というのは、加圧トレーニングは東洋医学的な発想に近いのかなと感じたことです。つまり鍼や灸のように人体にある種の負荷を与えることで体自身がもっている自然治癒力を引き出すという発想だからです。だから適度にやれば、予防医学的な意味でとても有効なのではないかと感じたのです。

加圧トレーニングにはいくつか種類があって、確かにボディービルダーのような体を作るためのトレーニング法も当然あるのですが、他に、治療やリハビリ、健康を維持するためだけの軽めのトレーニング法などもあり、これらは健常者、特に高齢者は予防医学的な見地からも積極的に取り入れてもいいのではないかと感じました。

というのは、加圧トレーニングは単に筋肉を増大させるだけでなく、「血管を若返らせる効果」もあるからです。日本人の死因の一位はガン、二位と三位は脳血管疾患と心疾患ですが、後者のふたつはともに血管が詰まる、血管が破れるという血管に関わる疾患です。ということは、血管を若返らせ、柔軟にし、血流を良くすればこの二つを防げてしまうのです。

高齢になると、足腰、すなわち「足、お尻、腹筋、背筋」の筋力の低下が他の部位の筋力の低下に比べて著しいそうですが、加圧トレーニングをうまく取り入れることで、これらの筋力を増加させ、また血管も若返らせることができるなら、脳血管疾患や心疾患による寝たきりや半身不随になるようなことが防げるのではないかと思うのです。またトレーニングによって骨も太くなり足などの筋力が復活すれば、転ぶことも少なくなるので、転んでそのまま寝たきり、という事態も防げるように思うのです。

佐藤氏は本書のなかで、

「加圧トレーニングはリハビリのスタンダードチョイスになるだろう」

ということを述べていますが、私は今後、予防医学のスタンダードチョイスになるのでないか、という気がしています。

佐藤氏本人は、スキーで足の骨を複雑骨折したときに、手術をうけないで整骨院でギプスをはめてもらいながら、加圧トレーニングをすることで、その骨折を完治させたという驚くべきエピソードを紹介していますが、なんでもすぐに、切る、取る、薬を飲むという他力的な治療に頼る前に、これからは自分で治すという気概をもって自らの病、自らの健康に臨む必要があると思うのです。

その選択枝のひとつとして、加圧トレーニングを考えてみるというのは悪くないと思うのです。もうすでに、加圧トレーニングが自宅でできるというウエアー<カーツ>が販売されています。

私は実際どんなものなのかと店を訪れ、また店員さんの話なども聞いてみました。話の内容自体にあまり目新しいことはありませんでしたが、店員さんは加圧トレーニングの本部で研修を受けているので、質問すればかなり詳しく説明してくれます。

商品自体は結構な売れ筋のようですが、上下で一番安くても三万五千円くらいはするようですこし考えものですね。また最初購入する時には、様々な説明とともに、その人にあったベルトの調整などもあって、50分くらいの時間は必要なようです。

人生の長いスパンで見た時に、この値段が高いのかどうかはわかりませんが、健康の維持を人任せにしない、思い込みの中で過ごさないという意味では、加圧トレーニングというのは十分に考えられる選択なのではないかと思いました。

最後に本書から佐藤氏のことばを引用して終わりにしたいと思います。
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もしも、介護の必要な人が少なくなれば、多くの人の負担を軽減できるはずです。

車椅子を使っていた高齢者が自力で歩けるようになったり、下半身麻痺の患者さんに感覚が戻るのを、私は幾度となく目の当たりにしてきました。

そうするうちに私の心の中に「加圧トレーニングは、今後の日本社会にとって絶対不可欠なものである」という確信が生まれました。

寝たきりにさせない
痴呆にさせない
各種健康保険を使わなくてもすむ

私は、この三つが日本を救うのではないかと考えています。戦後のベビーブーム世代が介護や保険に頼る状況になったら、日本は財政も労働力もすべて破綻します。これを防ぐには、私たちが自分の体は自分で守り、人生をまっとうするしかないでしょう。

そのためには、加圧トレーニングをすることが、自己の健康な身体を作る効果的な方法だと思います。
(p.2-3)
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参考:
佐藤義昭『加圧トレーニングの奇跡-免疫力を高める-』 講談社 2004

加圧スポーツウエア<カーツ>
http://kaats.biz/product/external.html

加圧トレーニング本部
http://www.kaatsu.com/

彦兵衛のブログ"博士の愛した加圧式 "
http://mshiko.blogspot.com/2008/08/blog-post_15.html

2008年9月4日木曜日

エドガー・ケイシーとは?

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最近 You Tube に、日本エドガー・ケイシー・センター代表の光田さんによる『ケイシー入門講座』の動画がアップされたようです。

http://jp.youtube.com/view_play_list?p=02145A6B3311B8DA

私も一通り見ましたが、光田さんのやさしさとユーモアにあふれたお人柄がよく表れているとともに、何も知らないひとにとっても、とてもわかりやすく解説されていると思います。

光田さんは京大工学部出身の方で、現在はこの代表のほかにケイシー関係の翻訳をされています。(どのようにしてケイシーに興味をもつに至ったかについては動画をご覧ください)

私は、日本の仏教にはじまって、インド人、チベット人、、、といろいろなスピリチュアルに関わる人をみてきましたが、光田さんほど素晴らしいと思える人にいまだ会ったことがありません。

光田さんはブレークする前の江原さんにみてもらったことがあるそうですが、いまこのような仕事をされているのもそれなりの理由というか、準備が過去生においてあったそうです。

ケイシー関係の人は人格的に素晴らしい人が多いように感じます。ケイシー療法を実践されている、福田高規先生も温かみにあふれる尊敬に値する方でした。

ひとえに、ケイシーの伝えた教えの内容、またケイシー本人の徳の高さによるのでしょうか。

YouTubeの動画ではほかに、かつて「知ってるつもり」という関口宏さん司会の番組で取り上げられたものも、たいへんわかりやすいです。

http://jp.youtube.com/view_play_list?p=073C82EC9C94E13C


私は未だセンターの会員ではありませんが、これからもケイシーに関しては人類に偉大な教えを伝えた人物の一人として学んでいきたいと思ってます。


参考:
You Tube(CAYCE TV)
http://jp.youtube.com/caycetv

NPO法人日本エドガー・ケイシー・センター
http://www.eccj.ne.jp/

2008年8月30日土曜日

歯のお手入れ



インド人には虫歯が少ない


といわれますが、私はインドに行く折々にその原因を探るべく、それとなくインド人の行動を観察してきました。

私が見たところ、まず第一に彼らは

食べたあとすぐに口をゆすいでいる。


レストランなどでは必ずといっていいほど出口付近に手を洗う所があり、そこで食後手と一緒に口をゆすいでいる光景をよく目にしました。

インドでは手で食べる習慣があるので、手を洗う場は必須なのです。それで手を洗うついでに、口もゆすぐ、これはかなりいい習慣ではないかと思います。

というのも先日NHKためしてガッテンで「虫歯」について放送していたのですが、それによると

私たちの虫歯を予防しているのは「唾液」


だそうです。

食事をすると口内の細菌が糖分を分解して虫歯の原因たる

「酸」


を出すそうなのですが、食事が終わり唾液が口内にいきわたることによってそれが中和される。口内はこの繰り返しらしいのです。

したがって、なるべく

細菌が酸を出す時間を短くする


ということが虫歯予防のポイントらしいのです。初期の虫歯なら唾液によって治ってしまうそうです。

そういう意味では、インド人のように食後すぐ口をゆすぐことによって、細菌のエサを断つというのとても理に適った習慣だと思います。

私も彼らのまねをして食後すぐ口をゆすいでいますが、結構食べ物のカスが水といっしょにでてきます。

時間が経つに従って、ああいうカスがどんどん歯に付着して歯垢となり細菌の格好の温床になっていくんだなと思います。

私はこのように食後ただちに口をゆすいでから歯を磨くことを習慣にしています。


番組では虫歯予防の結論として以下の三点をあげていました。

1.間食の回数を減らす

2.夜寝る前に食べたり飲んだりしない


3.毎日歯みがき

しかし私としては物足りないものを感じました。

確かに間食を減らし、食後に歯磨きをするというのは大切ですが、虫歯予防に必須の唾液を常に口内に満たし歯を唾液に浸しておくためには、常に口を閉じている必要があります。

すなわち合わせて

「鼻呼吸」

が大切だということです。


このブログで「鼻呼吸」のメリットを紹介し、その中で虫歯の予防という点も取り上げましたが、口を常に閉じておくためにはこの「鼻呼吸」の習慣が欠かせないのです。

つまり鼻呼吸には、一石三鳥ぐらいのメリットがあるといえます。


さて話はまた戻りますが、インド人が口をゆすぐ時に、同時に歯茎をマッサージしている人を多く見かけました。

私はインドの寝台列車に乗った時に、せまい水飲み場で順番待ちをしつつよく観察していたのですが、歯磨きのあと指でマッサージをしていました。

それも歯茎をマッサージするといったら人差し指でやるのがふつうなのかなと私なんかは思い込んでいたのですが、彼らは「中指」でマッサージをしていました。

確かに手の指の中で一番長い「中指」でやった方が奥まで届き、また力も入るのです。私はナルホド!、と思い自分でも中指でのマッサージを実践するようになりました。


もう一点、インド人に虫歯が少ない理由は、彼らは歯ブラシの代わりにニームの木というのをカジカジするのですが、

その木は太古の昔から薬草(薬木?)として使われてきた植物なのです。ニームの木をかじることで、歯ブラシの効果プラスその薬効成分による虫歯予防になっているのかもしれません。


さてエドガー・ケイシーは歯の手入れに関して何と言っているのでしょうか。

重層と塩にまさる歯磨き粉はない。 1467-8

週に少なくとも三~四回、重層と塩を同量に混ぜたもので、歯を磨くようにすると、歯からこの邪魔者を洗い流すことができる。 457-11

よく注意して歯を大切に使いなさい。食塩と重曹を半々にまぜて、これで歯ぐきを指でマッサージしなさい。歯ブラシはマッサージに用いないようにしなさい。 3484-1

私は歯の手入れに関しては他に、歯間ブラシというか、歯医者で歯垢をとるときに使う金属で先が曲がっている器具を使ってます。

どんなに丁寧に歯ブラシで磨いても、歯と歯のすき間には歯垢が残ってしまうようで、これが虫歯の原因になってきたようです。

これを昔から知っていたら、虫歯ゼロで来たかもなぁ、と思うのです。


あとは日本の健康本の古典ともいうべき、貝原益軒著『養生訓』に書かれていることを歯磨き後の習慣として欠かさずやるようにしています。


歯は何度もかちかちいわせるがよい。歯をかたくし、虫歯を防ぐ。






参考:

NHKためしてガッテン「常識逆転!自宅で虫歯を治す法」
http://www.nhk.or.jp/gatten/archive/2008q3/20080827.html

彦兵衛のブログ「鼻呼吸」
http://mshiko.blogspot.com/2008/08/blog-post_13.html

ローレンス・M ステインハート著 
エドガー・ケイシーのインナー・ビューティー革命
たま出版 1992

福田高規
新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法
たま出版1993

光田 秀 (著)
新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法
総合法令出版; 新版版 (2007/03)



貝原益軒著 松田道雄訳 『養生訓 』 中公文庫 1977