『100分 de 名著 ドラッカー』全4回講義の第一回の要点と
そこで取り上げられた印象に残るポイントをあげてみようと思います。
第一回の内容は、
如何にしてドラッカーが「マネジメント」というキーワードに到ったのかについてです。
ドラッカーは、1909年にオーストリア=ハンガリー帝国に生まれます。
育っていくなかで、彼は第一次世界大戦、アメリカを代表する資本主義の隆盛とつまずき(大恐慌)、社会主義の出現などを目の当たりにします。
その中で気づいたのが、資本主義も社会主義も人を幸せにしないということでした。
結局どちらも経済至上主義すなわち、金やモノのことしか考えていず、
人を中心に考えていないということに気づきます。
第一次世界大戦後のヨーロッパの人たちは、資本主義も社会主義も人を幸せにしてくれない、、、
と感じ、次の思想を待ちあぐねていた時に、ヒトラーの提唱する国家社会主義が台頭してきます。
しかし当時ジャーナリストであったドラッカーはヒトラーにインタビューまでしているのですが、
国家社会主義も人を幸せにするものではないという結論に到ります。
では経済至上主義、国家社会主義に替わる人を幸せにするものはなんなのか、
それにかわるものがあるはずである、、、
この考えで終わっているのが、彼の処女作である
『経済人(エコノミックマン)の終わり』(1939年)
なのです。
経済人(エコノミックマン)というのは、エコノミックアニマルと同じ意味で、
経済のために生まれ、経済のために死んでゆく、経済至上主義を標榜する人たちのことです。
ドラッカーはエコノミックマンの時代がやがて終わることを1939年に説いているのです!
やがてドラッカーは、現代社会は組織で成り立っていることに着目します。
すべての人が組織で働いているとするなら、
組織をより良いものにしていけば、やがて社会もよりよいものとなるはずだ、
と考えるようになります。
そして資本主義や社会主義にかわるものとして、
組織の運営の仕方=マネジメントにこそ注目すべきではないかという考えに到ります。
しかしドラッカーのいう組織というのは、単に利益を生み出すための組織ではなく、
中心に人がいる組織、人と人が一緒に働きながら、それぞれが幸せになる組織というものを頭の中に思い描いていました。
そしてそのような組織にするためにはどのような組織運営を行っていくのがいいのか、と考えるようになります。
そこでドラッカーは、実際の企業活動の現場をみなくてはならないと、GMをはじめ、フォードやGEをつぶさに研究します。
そして、その研究成果を集大成したのが大著『マネジメント』として誕生するのです。
では、その『マネジメント』の中ではどのようなことが説かれているのでしょうか。
番組内で紹介された箇所を取り上げてみましょう。
ここでは、今までの歴史の経緯から、経済至上主義、全体主義に対抗出来得る唯一のものは、
マネジメント(人を中心に置いた組織運営)であると説いています。
この中で言及されているマネージャーというのは、企業のトップのことを言っているのではなく、
一人ひとりがマネージャーであるという事を言っています。
人任せで無関心というのではなく、
組織に属する一人ひとりが、当事者(経営者=マネージャー)としての意識をもつことが大事だということですね。
翻訳者である上田氏は、次のように述べています。
それはなぜかというと、マネジメントというのは人を中心に置き、人を大事にするからです。
たとえば人にはそれぞれ長所、短所がありますが、
いまの教育は人のそういった凸凹を丸くするようにします。
上田氏はそういった教育は全然ダメで、
それぞれがもっている凸の部分(強み)を集結すれば、無茶苦茶な力を発揮させることができる、と言っていました。
強みに焦点を置いて、それぞれがもつ弱みを消してしまうこと、これが組織もつ特色なのだそうです。
上田氏は、色々な人間がいることは困ったことではなく、有難いことだと思えと言っていました。
教育に関しては、当ブログで何度かとりあげてきました。
日本の教育は、明治以来、富国強兵の号令のもと、すぐに国家に役立つ、平均的に能力の高い人材の育成を目指してきました。
そしていまだにその思想を引きずっているところがあります。
確かにバランスというのは大事です。
しかしある能力に関して飛びぬけた才能があるにもかかわらず、
別の科目がまったくダメなために上の教育が受けられないとなると、社会として多大なる損失、まさに宝を腐せているようなものです。
すべてはバランスをとる方向に働くし、
ドラッカーが語るように、現代は組織として人が活動しているのだから、
若いうちにすべての能力を求めるのではなく、もっと長所、強みを伸ばしていく教育というものがあってしかるべきだと思います。
また受け入れる社会の方も、年齢や単純な学歴だけを物差しとするような採用を再考すべきではないかと思います。
さて話しが少しそれましたが、次に番組で紹介されたのが、下の個所です。
企業の目的は、利益にあるのではなく、
企業の外すなわち社会にいかに貢献するかにあるということです。
更に、企業の目的とは顧客を創造することにあるのだそうです。
顧客の創造というと少し難しい感じがしますが、
要はそれまで顧客だと考えてきた人たちがたとえば社会の30%だとすると、
残りの70%は非顧客です。
しかしそういった人たちが潜在的にどのようなニーズをもっているかを知り、
彼らが幸せになるお手伝いをする、
それが顧客を創造すること、すなわち企業の目的である、ということなのだそうです。
上田氏は、ドラッカーがよく言っていたことばとして、
理想を求め、手持ちの道具で、
ケースバイケース、創意工夫しながら
一歩一歩進んでいく
ということを番組内で何回か繰り返していました。
理想を抱き、施行錯誤しながら、地道に、一歩一歩進んでいくことって大事なんですね。
最後に、ドラッカーは未来に起こることをあまりに的中させるので、
あるひとは彼を未来学者と呼ぶそうなのですが、彼自身は未来のことはわからない、と述べていたそうです。
しかし未来を知るための方法が二つあると言っていたそうです。
それは、
すでに起こった未来をみること
自分で未来を作ること
だそうです↓
歴史はビジョンをもつ一人ひとりの人間がつくっていくものだ
とドラッカーは語っていたそうです。
私達一人ひとりが、高いビジョンをもち、未来を創っている当事者として意識をもって、より良い社会をつくっていけたらと思います。
第二回につづく、、、
参考:
NHK 100分 de 名著 ドラッカー
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/03_drucker/index.html
ドラッカー『マネジメント』 2011年6月 (100分 de 名著)
彦兵衛のブログ(ドラッカーを扱った回すべて↓):
ドラッカーはやはり偉大だ!(100分de 名著 ドラッカーのテキスト紹介)【2011/8/14】
http://mshiko.blogspot.com/2011/08/blog-post_14.html
ドラッカーの金言 その弐(『ドラッカー365の金言』の紹介)【2011/2/24】
http://mshiko.blogspot.com/2011/02/blog-post_24.html
ドラッカーの金言(『ドラッカー365の金言』の紹介)【2011/2/22】
http://mshiko.blogspot.com/2011/02/365-2005122-365-2005122.html
本当の幸せとは、、、by ピーター・ドラッカー (『図解で学ぶ ピーター・ドラッカー』の紹介)【2011/2/17】
http://mshiko.blogspot.com/2011/02/by-peter-drucker.html
イトコの結婚式にいって思ったこと その2(『P.F.ドラッカー―理想企業を求めて』の紹介)【2010/8/2】
http://mshiko.blogspot.com/2010/08/2.html
経営の神様 ピーター・ドラッカーの経営哲学(NHKクローズアップ現代)【2010/3/26】
http://mshiko.blogspot.com/2010/03/blog-post_26.html
2011年8月17日水曜日
ドラッカー講義 第1回 感動のDNA (全4回)
2011年8月16日火曜日
イトコの"R"が帰って来たぁーー!
オーストラリアに行っていたイトコのRが日本に帰って来た。
久々の再会。
駅に迎えに行くと、Rは日に焼けて逞しくなっていた。
もともと自然児のようなところがあったが、それに輪をかけてワイルドになっている。
一瞬、荒野で生活しているアボリジニーの姿がダブった。
R曰く、日本は息苦しい、、と。
見えない縛りみたいなのがたくさんあって、疲れるのだそうだ。
私もその感覚は分かる。
世界でおそらくもっとも混沌さが許されている(?)インドに住んでいた者として、
日本のサービスの過剰さ、温室の様なぬくぬくした感じ、
そしてお互いがお互いを監視しあっているような縛りの感覚はよくわかるのだ。
そうだよね~、とか話しつつ、
Rくんには、せっかくこちらまで出向いてくれたので、
まずは今夜御馳走するものを調達すべく、一緒にスーパーに買い物に向かった。
道すがら、日本人はパック旅行とかじゃなくて、もっと海外出るべきだよな~
とかいう話しになった。
日本にいると、日本のスタンダードが染みついてしまって、
自分がどんな囚われの中にあるのかに気づくのはとても難しい。
水槽の外側に出て、はじめて自分が棲んでいた水槽がどんなものかに気づけるというものだ。
いい意味でも、悪い意味でも。
パックで海外に出ても、日本の空気の詰まった水槽のまま、外の世界をガラス越しに眺めているようなもので、
やはり一人旅をして、あっちに頭をゴチン、こっちで足をぶつけ、、と色々な体験をするのがいいと思う。
さて、そんな話しをしながらスーパーではSUSHIや刺身を購入、
もちビールなどもひと通り買ってからウチに向かう。
途中でRが、
ビール飲んでイイッスカ?
と聞いてくる。
一瞬、えっ? と思ったが、
家に着くまで、話しをしつつ、歩きながらビールも飲んで楽しんじゃおうということのようだ。
いいねぇ~。
私はビールは家についてから、スシや刺身をセットして、イタダキマスしてから、
グビクビ、プハーーッ
といくもの、と勝手に思い込んでいたが、
歩きながらビールを飲むというのも、そういえばありだなぁ~となんだか感心してしまった。
なんか俺もカタにハマった行動様式にとらわれてるなぁ~という事に気づかされた。
いいよ、いいよ、飲みたかったら飲んじゃって!
Rは方手にスーパーのビニールをもちつつ、もう片方の手にした500mlのビールを開け、
歩きながら美味そうに冷えたビールを飲み始めた。
オーストラリアでは、街中で歩きながらアルコールを飲むことは禁止されているらしい。
おそらく禁止されないと収拾のつかない事態が発生するからだろう。
シンガポールでは、道にゴミを捨てると驚くような罰金をとられるが、
それもそのように刑罰を科さないとゴミをそこらへんに捨てるからだ。
実際、彼らが外国に行くと、ゴミを散らかし放題らしい。
日本でアルコールを片手に町中を歩くことが禁止されていないのは、
日本人の多くが、酔って陽気になっても、そこそこルールを守りながら控え目に行動できるからだと思う。
まぁ、あまり行儀のいい事ではないが、やっていけないことではない。
今度Rが来た時、俺も一緒にやってみよーかなー、と思った。。。
家について、スシや刺身に舌鼓をうちつつ、
オーストラリアでの話しを色々聞かせて貰った。
ファームで働いていた話、
お年寄りの家に住み込みんで、宿と食事を提供して貰いつつお手伝いをして生活していた話、
中国系のおばさんにだまされた話など、楽しい話しを色々聞かせて貰った。
話しを聞いていいいなぁ~と思うのは、
Rのナチュラルさだ。
私が思うに、彼の破天荒さ、自由さの一端は、芸術家だった祖父の血の影響を受けているせいではないか、
とふと思った。
彼の振る舞いは、荒野を流れる手つかずのクリーク、を思わせる。
氾濫する事もあれば、干上がることもある。
しかし日本の河川の多くは、護岸工事され、川筋が固定され、流れがほぼ一定であまり面白みがない。
Rは日本人の肉体を纏ったアボリジニーか、ネイティヴアメリカンというところか。
おそらく前世はまず日本人ではないな、と思う。R自身もこの意見には大いに賛成のようだ。
眠くなったら寝て、おきたくなったら起き、お腹がすいたら食べ、、、
これって動物としては自然な感覚だけど、
社会生活をしていく中で、いつの間にか、寝起きの時間は一定、一日の食事は三回とか、
自らをカタにはめてしまって、それが当然のことと思っている。
でもしたいと感じたときにそれをやるというのは、生体としてとても大切な感覚だと思う。
少し話がそれるが、私がボリビアにいたときに、月の谷と呼ばれるところを訪れたときのことを書いておこう。
そこは石灰岩がいたる所にニョキニョキと露出、屹立していて、
まさに月面を思わせるような不思議な光景なのですが、
川を挟んだその谷の向こうに、大きな柳の木が何本か立っていた。
私は月の谷の中に据え置かれたベンチに座って、その向こうに見える柳をボーっと見ていました。
風がきて、柳がワサワサっとゆれ、、また風が来て柳がワサワサっとゆれる。
こんな光景を見ていた時に、まさに流れに乗るというのはこういうことなんだ、と気づいたのです。
私たちはつい"自分の意志"でコントロールして自分に何かをさせようとしがちですが、
衝動というか、内から湧いてくるやる気みたいなのに乗ってものごとを進める、
というのがもっとも理にかなったタイミングなんだろうということです。
これは何も内から湧いてくるものだけでなく、まさに外からくる流れもそうです。
そういう流れに乗ると、とても楽だし、物事があまり努力しなくても順調に運んでいくのです。
チベット語で、風はルン(lung)と言いますが、これは生命エネルギーのことも意味し、
インドのブラーナ、中国でいう"気"に相当する語です。まさにやる気、元気であり、天の機(気)でもあります。
天の機、地の利、人の和
私は月の谷で、対岸の柳が風に舞う姿をみながら、
自然のものはみな流れに乗って生きているんだなぁ~
と感じたのであります。
自分も流れに乗るような生き方をしよーっと思ったのであります。。。
さて余談になりましたが、
旅の話しを聞いている中で、彼は自分のスタイルに合う、あることを見つけたそうなのです。
一応ここには書かきませんが、私はそれを聞いた瞬間、あ、こいつ見つけちゃったな、と思いました。
キチャッタネ、とうとう、と感じました。
私はそれがすごくRに合っているような気がして、是非その方面にトライして
もし本当に合っていたらその方面のスキルをどんどん伸ばしていってほしいなぁと思いました。
御馳走もほぼなくなり、話しもだいぶ進んだ所で、唐突に
カラオケ行きません?
チョー、歌いたい気分なんだけど、
という話しになった。
え゛ーっ、俺こっちに越してきてから行ってみたいとは思ってたけど、
まだカラオケ行ったことねーよ、
どこあるのかもわかんないし、夜も遅いし、、、
Rくん曰く、
場所なんて、駅前のコンビニとか行って聞けばワカリマスヨ!
俺聞くし、いま歌いたいんですよ、行きましょ、行きましょ、
ということで、その勢いにのって私もチョー久しぶりにカラオケに行くことになりました。
温水プールの帰りとかにそういえばカラオケ屋さんあったなぁ、、、
という私のあやふやな記憶を頼りに、とりあえずその方面に歩きだした。
歩くこと30-40分ほどで、そのカラオケ屋にたどり着けた。
一瞬、電気が消えてるのかと思ったが、ちゃんと営業していて、
お盆期間中+20時以降ということで、かなり高めであったが、歌ってまいりました。
ビックリしたのが、店によってなのか、いまは曲を選ぶのに、本ではなく、
コンピューターのタッチパネルの端末みたいなのがあって、それにピポパと打ち込んで曲を入れるんですねぇ~。
時代は変わって行ってるんだなぁ~と実感した次第であります。
カラオケではふたりで二時間、歌いに歌ってきました。
歌うたうってとても気持ちいいですねぇ~。これかなりいい健康法ではないか、という気がします。
呼吸を使うし、体も動かすし、かなりのエネルギーを使います。
気(ルン)も動いていますね。
なんといっても、好きな歌を歌うんで、ワクワクと元気が出てきます。
これからはもっと定期的にカラオケいこーと思いました。
自然児Rくん、カラオケの素晴らしさに改めて気づかせてくれてアリガトー!!
もっと早くからやっとくべきだったね。
同じ曲をコラボで歌うっていうのも楽しいね!
さて二時間歌った後、カラオケ店をあとにしました。
カラオケでは、サザンと槇原をメインに熱唱したことはいうもでもありません。
帰り道でRは、暑いからシャツ脱ぎます、
といって上半身裸になった。
別に0時回ってるし、暗いし、夏だから問題ないとは思うけど、ワッシは出来んなぁと思いました。
と同時に、"暑い"から町中で上半身裸で歩くって、なんか自然でいいなぁ~と思いました。
俺の中には、自分の中で作り上げた規制が多すぎて、暑くても脱げんなぁ~と思います。
Rは、Tシャツを片手に、もう一方の手にはスマートフォンでラップを流しながら、
それに合わせて歌っている。
少し斜めの壁があると、そこをダダダっと壁走りしている。。。
うーむ、まさに自然児。やりたいことをしてんなぁ~。
夜中に、上半身裸でラップを流しながらチャラついている人というのは、
私の中ではもっとも友だちになれないであろう人種でありますが、
なんだか彼とは昔から妙にウマが合うんですよね。
まぁ、私もインドで一年ぐらいぶらぶらしていたクチだから、
どっかお互い壊れている所で響き合うのかもしれません(笑)
いやー、イイ風が吹いていた
やりたいと思ったことは、なるべくその時にやるべきだし、
好きだと感じたものは、ちゃんとそれに向き合うべきですよね。
今回Rくんからは、超元気をもらいました。
楽しい話しともども、どうもアリガトー!
またカラオケ行きましょ!
参考:
彦兵衛のブログ:
祖父逝く
http://mshiko.blogspot.com/2009/04/blog-post_29.html
堂本印象美術館を訪ねて 〔Insho-Domoto Art Museum〕
http://mshiko.blogspot.com/2009/05/insho-domoto-art-museum.html
2011年8月15日月曜日
サザン好きですかー!?

今回はこちらの音楽を聞きながらどうぞ↓
TUNAMI
http://youtu.be/8CyVo-zQ6CA
はい、ワタクシ完全なるサザンファンです。
料理を作りながら、たいてい聞くのは録音しておいた英会話ですが、
ニュースで英会話(5分)
http://cgi2.nhk.or.jp/e-news/index.cgi
英語五分間トレーニング(5分)
http://www.nhk.or.jp/gogaku/english/training/index.html
ラジオ英会話(15分)
http://www.nhk.or.jp/gogaku/english/kaiwa/index.html
時にサザンとか槇原敬之を聞きます。
CDもアルバム・シングルあわせてほとんどもってます。
特に夏はサザンがイイ!
でもなぜかサザンはずっと聞いていることが出来ないのです。
ずっと聞いていると、なんとなく気分が悪くなってきてしまうのです。
桑田さんは情念というか、なんかうっ屈したようなエネルギーのようなものをもとに歌を歌っているような感じがします。
実際、何かの番組で、
自分は歌を歌ってなかったら病気になってましたね、
と語っていました。
また桑田さんは、鎌倉が好きなのだそうですが、
私は鎌倉のあのうっ屈した感じがまたあまり好きではないのです。
町によって、そこを支配するエネルギーみたいなものがありますよね。
なんだか鎌倉はイマイチ私には駄目なのであります。
でもたまに、桑田さんの歌聞きたいなぁ~と思ってしまうのです。
まさに魔性の歌声であります。
で何が書きたいかというと、、、
先日NHKの番組表を見ていたら、
SONGS
http://www.nhk.or.jp/songs/songs.html
という番組があり、ゲストに
桑田圭祐
とあったのであります。
-----------------------------------
総合 8月17日(水)
午後10:55~11:24
桑田佳祐が初登場。
今年2月、アルバム『MUSICMAN
9月には宮城セキスイハイムアリーナでの「宮城ライブ」を行う彼が、スタジオでの熱いパフォーマンスでこの夏の日本を元気にします!
-----------------------------------
サザンファンの方は、お見逃しなく!!
参考:
SONGS
http://www.nhk.or.jp/songs/songs.html
アマゾン:
MUSICMAN(通常盤)
MUSICMAN(初回生産限定 “MUSICMAN” Perfect Box)(DVD付)
2011年8月14日日曜日
ドラッカーはやはり偉大だ!
NHK 100分 de 名著
という番組でピーター・ドラッカーが紹介されていたことを前に書きましたが、
先日そのテキストを読み終え、その分かりやすさに、またまた感動してしまいました。
ドラッカー『マネジメント』 2011年6月 (100分 de 名著)
人こそ、最大の資産である!
利益は"目的"ではない継続の"条件"である。
(表紙のことばより)
この番組、及びテキストは、翻訳者の上田惇生氏の訳書『マネジメント エッセンシャル版』

を底本としつつ紹介されているのですが、
『100分 de 名著 ドラッカー 』のテキストは、まさにエッセンシャル中のエッセンスを抽出したもので、
とてもお得な一冊となっています。
これを読み終え、私一人の中で完結してしまうのはあまりにもったいないので、
当ブログで何回かに分けて紹介していこうかと思います。
ドラッカーに関しては前にもNHKクローズアップ現代で紹介されたときに書きましたが、
(未だにその映像を録画してもってます、、、)
経営の神様 ピーター・ドラッカーの経営哲学
http://mshiko.blogspot.com/2010/03/blog-post_26.html
100分 de 名著の番組では25分×4回で紹介されただけあって、更に踏み込んだ内容となっています。
では今回はテキストのはじめにあった、ドラッカーの写真とことばを紹介しておきましょう。
(いずれも画像をクリックすると拡大します)

経済至上主義は人を幸せにしない。

イズムに代わるべきもの、
それが、マネージメントである。

会社は利益のためにあるのではない。
最後に、、、
日本におけるドラッカー流行の火付け役となった本↓
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
をアニメ化したものが、NHKで放映されていましたが、
8/16(火)に総集編として再放送されるようです。

総集編「もしドラ 再び」
【総合テレビ】8月16日(火)午後7時30分~8時43分
250万部超の大ベストセラー小説をアニメ化した「もしドラ」。
経営学の大家、ピーター・ドラッカーが著した「マネジメント」を偶然手にしてしまった女子高校生が、ごく普通の野球部を“マネジメント”して夏の甲子園に導く…。
全10話のアニメとして放送したこの物語を再構成。73分のスペシャル版として放送する。

興味のある方は、是非ご覧ください!
参考:
ドラッカー『マネジメント』 2011年6月 (100分 de 名著)
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則
NHK 100 de 名著 ドラッカー
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/03_drucker/index.html
NHK もしドラ
http://www9.nhk.or.jp/anime/moshidora/
彦兵衛のブログ:
経営の神様 ピーター・ドラッカーの経営哲学
http://mshiko.blogspot.com/2010/03/blog-post_26.html
2011年8月9日火曜日
プリンタ用補充インク by ダイコー
最近プリンタのふたを開けて中のインクを覗いてみた所、
インクがなくなるギリギリであることが判明しました。
で急遽、専用のプリンタ用補充インクを購入しました↓
100ml入って一本700円。
全6色で700×6=4200円、送料500円なので計4700円
でした。
ダイコーのプリンタ用のカートリッジを購入したのが去年の4月だったので、
彦兵衛のブログ:
プリンタのインクをどれにするか ~ダイコーvs Ink77~
http://mshiko.blogspot.com/2010/04/ink77.html
私の使用頻度(週に数回程度)だと一年ちょっとでカートリッジ一本分
を使う問うことが分かりました。
(黒なら35ml、色なら10ml)
ダイコーのHPにあった説明によると、
これが純正品だと、、、
■hp177ブラックカートリッジ
タイプ 販売標準単価 内容量 1ccあたりコスト
純正カートリッジ標準 1580円 6ml 約263円
純正カートリッジ大容量 3210円 17ml 約189円
コンパチブルカートリッジBK 1500円 35ml 約43円
■hp177カラーカートリッジ
タイプ 販売標準単価 内容量 1ccあたりコスト
純正カートリッジカラー 1150円 4ml 約288円
コンパチブルカートリッジ カラー 800円 10ml 約80円
毎回カートリッジを全取り換えしないといけないので、
ダイコーに比べて3-6倍。
しかし実際にはダイコーのカートリッジは永久に使えるので、
実際のコストは補充インク代だけでよく1ml 7円。
とすると、純正品を使い続けると3-40倍ほどのコストが掛かることになります。
しかも、純正品は、ブラックの大容量でさえ17mlしか入ってなく
(ダイコーは標準で35ml)
今の私の頻度で使っても半年ですぐに交換しなければならず、手間が掛かります。
う~ん、これは消費者の立場に立ってモノを作ってんのかなぁ~
と考えずにはいられません。
本体を安くしている分、インクで費用を回収しているという話しですが、
それにしてもなんだかなぁ~
という気がしてしまいます。
(今回は、インクの使用量のチェック、買った先、値段など、自分の備忘録を兼ねて書かせて頂きました)
おしまい
参考:
彦兵衛のブログ:
プリンタのインクをどれにするか ~ダイコーvs Ink77~
おしまい
参考:
彦兵衛のブログ:
プリンタのインクをどれにするか ~ダイコーvs Ink77~
http://mshiko.blogspot.com/2010/04/ink77.html
インクのダイコー
http://www.daiko2001.co.jp/
カートリッジ
http://www.daiko2001.co.jp/ink/product/hp/pro-hp177com.shtml
詰め替え用インク
http://www.daiko2001.co.jp/ink/product/other/pro-cisuink1.shtml
インクのダイコー
http://www.daiko2001.co.jp/
カートリッジ
http://www.daiko2001.co.jp/ink/product/hp/pro-hp177com.shtml
詰め替え用インク
http://www.daiko2001.co.jp/ink/product/other/pro-cisuink1.shtml
2011年8月7日日曜日
人任せにしない
前々回、どのようにしたら国が赤字にならないようにできるのか、
今の政治のシステムのどこら辺に欠点があるのか、
と問題を提起しましたが、
今日ふと、あることばが脳裏に浮かびました。
人任せにしない
おそらく出発点はココ(個々)にあるんだと思います。
国がやっていることを人ごとではなく、
自分ならどうするのか、自分に何が出来るのか、
また自分が首相になった立場で考えてみるということも大切かも知れません。
会社に属しているなら、経営者の立場、自分が会社を切り盛りしている当事者のつもりで自分の仕事を考えてみるという視点も大事でしょう。
最近、NHKの100 de 名著で
福沢諭吉の『学問のすすめ』をやっていました。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/04_fukuzawa/index.html
福沢は、個人が独立してこそ、国が独立出来ると考え、民衆の啓蒙にあたったそうです。
福沢諭吉『学問のすゝめ』 2011年7月 (100分 de 名著)
またその前のドラッカーの回では、
一人ひとりが経営者のつもりで仕事にあたること
が大事であると説かれています。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/03_drucker/index.html
これのテキストがあって↓
ドラッカー『マネジメント』 2011年6月 (100分 de 名著)
私は珍しく?買って読んでいるのですが、これまた素晴らしい!
ふつう映像でやったものとほぼ同じ内容を活字にしているだけなのですが、
この本は放送でやったものより、更に踏み込んで深くかつ分かりやすく解説しているのです。
機会があったら、また当ブログで紹介するかも知れません。
話しが少しそれましたが、また私はケネディーのことばを思い出しました。
国が何をしてくれるのかを問うのではなく、国に何が出来るのかを問え
一人ひとりが主体性をもって、当事者意識をもって生活するということが原点だろうと私は思います。
原発の問題にしても、普段湯水のごとく電気を使って享楽的な生活をしていながら、
いざ事故が起きたときだけ批判するというのはどうかと思います。
普段から極力節電に心がけ、また周りに原発の危険性を喚起していたなら、批判もできるでしょう。
まぁいっか、とぬるま湯に浸かっていながら、都合が悪くなったときだけ悪者探しをして吊るしあげるのは当たっていない気がします。
私自身、節電には心がけて来ました。
今年の夏も、一回もクーラーはつけてません。
が、それほど原発反対を声高に発していた訳ではなく、電気の恩恵を十二分に受けて生活してきたので、
東電やそれを推し進めてきた政治家だけを悪しざまに言う事は恥ずかしくて出来ません。
今回の原発の加害者は、原発をそれとなく容認してきた私達ひとりひとりでもあると思うのです。
一人ひとりが主体性をもって、自分に何が出来るのかを考え、行動することがまずなにより大事なのだと思います。
政治に関して言うなら、政策をちゃんと読んで、投票に行って自らの権利を行使すべきでしょう。
話しは少し違うかもしれませんが、たとえば私は肉をふだん食べません。
私の野菜中心の食事や弁当を見ると、多くの人は怪訝な顔をします。
どうして肉を食べないのか、と。何か信仰してるのかと(笑)。
私は聞かれるたびに、一人分の肉を生産するのに、8-10人分の穀物が使われていること。
(ブタにトウモロコシや大豆を与えている)
いま地球上で生産されている穀物だけで、100億の人類を賄う事が出来る、つまり60億の人類に飢えが発生することなどないこと、
肉を食べることでの、体や心への影響などを説明します。
エコロジカル・ダイエット
葬られた「第二のマクガバン報告」(上巻)
また私は自動車やバイクは持たず、
2-3kmなら歩き、10km位までなら自転車、
それ以外は公共の乗り物を利用しています。
地球温暖化の原因のひとつはそれぞれが使う車が関係していると思うからです。(そうでないという意見もあるようですが)
調理器具などにも言えますが、
色々な道具を持っていると確かに便利ですが、その分も"モノ"が多くなり、煩雑になり、かつ人間の能力が損なわれます。
たとえば包丁一本でなんでも出来れば、色々な便利調理器具など必要ありませんが、そのぶん人にスキルが要求されます。
便利・煩雑・能力の喪失⇔不便・シンプル・能力の開発
という対立構造になっていて、文明と言うものは、左のものをさすようです。
しかし私はどちらかというと、右のシンプルで、自らの能力を高めておく方でありたいなぁと常々思ってます。
話しがそれましたが、また当ブログでも何度となく紹介したように、
乳製品を健康にいいからといって食べたりはしません。
おそらく乳製品は強力なガンの促進剤だと思われるからです。
乳がんと牛乳──がん細胞はなぜ消えたのか
一人ひとりが主体性をもって、ちゃんと情報を集め、自分の頭で考え、判断し、行動することが、
結局全体を変えることに繋がる、
遠回りかもしれませんが、これがもっとも確実かつ堅実な方法だと思います。
国の膨大な赤字も、人ごとのように考え、批判するのではなく、
自分なら何が出来るか、自分ならどうするかという視点をまず持つことが大切なのだろうと思います。
直接の解決法ではありませんが、自分から、自分の身の回りからはじめる、
自ら情報を集め、自分の頭で考え、行動する
それが基本で、そこからしか全体は変わって行かないように思いました。
おまけ、、、
話しの流れで、食の話しになりましたが、
そういえば、以下の名著の完結版がいつの間にか発売されていました(2011/2)↓
葬られた「第二のマクガバン報告」(下巻)
現在、図書館でリクエスト中でまだ読んでませんが、
また何か目新しいことがあったら、ここに載せたいと思います。
正しい情報をしっかりキープしておきたいものです。
おしまい
2011年8月2日火曜日
ニーム・カロリ・ババ
ラム・ダス著
愛という奇蹟―ニーム・カロリ・ババ物語
の中のニーム・カロリ・ババの写真が載っているところをメインにピックアップしてみました。(ショーン・コネリーに似てないかなぁ?)



本書中のマハラジ(ニーム・カロリ・ババ)が語った言葉として、とても印象深かったもの↓


ふつう心の平安を得たいなら「瞑想をしなさい」などと指導するものですが、
マハラジは、
物質的な満足による楽しみを知っていること
が、精神的なものに到るための一歩であるということを指摘している点がとても印象に残りました。
考えてみれば、ブッダも王族の一員として贅沢を知りつくしており、それが虚しさへとつながり、
苦行を経て、中道の大切さに気づき、悟りへと至っています。
つまり物質的な楽しみへの欲求が未だあるのに、それを見ないようにして精神的なものを求めるというのは、
大きな遠回りになりうるということで、これはとても示唆に富んでます。
この世は大きな遊園地みたいなものだと思います。
この世に生まれる理由と言うのは、体験をするためだと思います。
多くの人は、遊園地での体験(ジェットコースターの浮き沈みなど)が楽しくてリピーターになりますが、
それに飽きた人は、出口を探しだすのだと思います。
どちらが上で、どちらが偉いというのはなく、それぞれがそれぞれの道をそれぞれのペースで歩んでいるという事に過ぎません。
遊園地での体験を満喫することなく、いきなり出口に向かうというのは、
それに対する未練がどこかに残ってしまうものなのかもしれません。
やってみたいと思う事は、人を傷つけたりするものでないなら
人目など気にせず思いきって色々やってみるべきだと私は思います。
このババの指摘はとても印象に残りました。


上に罵倒の達人と題名にあるように、
マハラジは時に烈火のごとく怒ります。
それも理由など分からず、頭ごなしに怒ることがよくあったそうです。
しかしそれもあとあとになると、その怒りの意味がそれぞれに浸透していって
各自の深い気づきに至らせるというようになっているようなのです。
これなんかスゴイなぁ~と思います。
最近知人の勧めで
怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)
怒らないこと 2―役立つ初期仏教法話〈11〉 (サンガ新書)
という本を読みました。
とても人気のある本らしく、図書館でリクエストしても予約件数が多くてナカナカ借りられませんでしたが、
読んでみて、残念ながら私にはほとんどヒットする箇所がありませんでした。
それでも「怒らないこと」というのはとても大事なポイントであることには間違いないでしょう。
最近、カンブリア宮殿で
宅配寿司の「銀の皿」の社長が紹介されていたのですが、
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20110728.html
怒ることが経営にとって合理的ではなく、単に自らのうっぷんを晴らしているにすぎないことに気づき、
怒ることをまったくやめたと語っていました。
まさにその通りだと思います。
マハラジも
聖人は決して起こらない
と語っています。
(でありながら、自分は激怒するという矛盾する事を平気でするのがマハラジのスゴイ所です(笑))
われわれ凡人は、
まずは怒らないように心がける
というのが大事な一歩ではないでしょうか。



以上、ニーム・カロリ・ババの写真メインの紹介でありました。
おしまい
参考:
愛という奇蹟―ニーム・カロリ・ババ物語
ラム・ダスのその他の著作
人生をやり直せるならわたしはもっと失敗をしてもっと馬鹿げたことをしよう
死の処方箋―人はなぜ苦しむのか?
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