2017年12月5日火曜日

2018年カレンダー決定!!



いつの間にかもう師走ですね、、。

年賀状をはやく仕上げなきゃ、、

ですが、来年のカレンダーはもう決定、購入しました!


まずは毎年定番のコチラ↓









風水がどうのというより、

本当にキレイな写真がいっぱいで、

センスがいいので毎年買ってまーす。














今年は似たようなカレンダーがあり迷いましたが、

↓結局こちらも買っちゃったー!(笑)








どちらかというと、

先のカレンダーよりいい写真がイッパイ!













 


















うーん、元気貰えそう!



そして、毎年、必ず世界自然遺産とか世界の絶景的な写真を

ひとつ買うんですが、今年は純日本の景色、コチラに決まりました↓





























やべ~、美しすぎる、、、

失神しそう。。(笑)

特にこの7月のコイの写真(岐阜のモネの池)に惹かれて決定してしまいましたー、、。

こんな池行ってみたいです。


さて、来年も毎月カレンダーをめくるのが楽しみです。


(*^_^)b





2017年12月4日月曜日

懐かしのフォークソング



この前の土曜日に、近くの行政センターで



「懐かしのフォークソング」

というタイトルで、


ギター2本とバイオリンによるちょっとしたコンサートがありました。プロによる演奏です。


バイオリンとギターということで、自分たちがやっているバンドと近いものがあり、


どういう曲が演奏されるのか参考にしようと、無料ということもあり出かけてみました。

曲目は当日のプログラムで配られたのですが、歌う曲、歌う曲が、悲しい、寂しい、切ない、ものばかり、、


どうやら1970年代に青春時代を送っていた方々の為のコンサートのようで、


まわりもご年配の方々ばかりでしたが、それにしても暗い曲ばかり。。

歌われている曲の歌詞に使われている単語の統計をとったら面白いものが見えてくるだろうな、、聞きながら思ったのですが、


それほど悲しい、切ないものばかりです。


70年代のフォークソングといっても、そんな暗いものばかりではないはずです。


なんでこんな寂しい曲ばかりの選曲なんだろう、、

私は第二部の途中から、もうええわ、、と持参したコロボックルの本を読んでいました(笑)。


片耳で曲を聞きなつつ、演奏している人はあまり体調良くないだろうな、、と思っていました。


声に張りがないとか、音に元気がないとかいうのではありません。


それなりに元気よく歌ってますが、おそらく恒常的になんとなく体調が悪いだろうな、不定愁訴のようなものがあるんじゃないかな、、と思いました。

それは、これらの曲を選んだ当人の心が、そのようなさびしい気持ちにいつまでもとらわれ、留まっていると思われたからです。


無数にある歌の中で、チョイスされたのが、過去を振り返って、あのころは良かったけど、もうあのころには戻れない、はかないこの世を嘆いているものばかりです。


そんなことばかりに意識を向け、いつまでもとらわれていたら、心も体も落ち込んで行っちゃうだろうな、、と思ったのです。



太陽は毎日東から昇り、西に沈んでいきます。


その西に沈んでいく太陽ばかりを眺めて、あー寂しい、悲しい、つらい、、と嘆くこともできますが、


一方で、東から昇ってくる太陽に向かって、有り難いな、今日も楽しい一日が頑張るぞー、と元気を貰うこともできます。


要は、この世界のどこに焦点を当てるかで、その人が明るくもなれ、暗くもなれるのです。すべてその人の選択、こころの習慣です。


いま現在、与えられているものを思い浮かべ、有り難い、恵まれている、と感謝して生きていくこともできるし、


常に人と比較し、足りないものを思い浮かべながら、不平と不満の中で愚痴をこぼしながら生きていくこともできます。


すべてその人の心掛け、心の習慣次第です。幸福になるか、不幸になるのか、というのは、まさにここにあるんだろうと思います。本人が毎時選択しているのだと思います。



今回、ここまで見事に悲しみの境地に焦点を当て続けて生きている人がいるんだなぁ、、と妙に感心してしまいました。


また同時に、音楽が人に及ぼす力というものにも尋常ならざるものがあるように思いました。そんなわけで私は途中から音楽から意識をそらしたのです。。


少なくとも自分たちが演奏する曲は、時にしっとりしたものもありながらも、元気の出るような、楽しくなるようなものを心がけていきたいと思いました。



色々なことに気付かせてもらった今回のコンサートには感謝でありました。またこの手のコンサートなどがあったら積極的に聞きにいってみようと思います。


おしまい








2017年11月21日火曜日

広大な宇宙を想像してみる、、、



先日の100分 de 名著は、ラッセルの幸福論第二回で、不幸の原因とそれについての対処法をやっていました。



意外だったのが、あのような知の巨人であっても、講演などの前には

「足でも折れて講演に行けなくなってしまえばいいのに、、」

と思っていたそうです(笑)。

あがり症だったラッセル氏は、人前で話したりするのが得意ではなかったのだそうです。

しかし、自分という存在を宇宙規模で考えてみると、芥子粒みたいな小さな存在で、

自分が講演でしくじろうがなにをしようが、宇宙は悠然と何の支障もなく動いているのです。

そのことに思いを馳せるようにしてから、ラッセル氏はあがり症を克服したのだそうです。

この第二回の不幸の原因、そしてそれに対する対処法はなかなかおもしろかったので、

時間のある時に画面を取り込んでちゃんと取り上げてみたいと思っています。


さて、もう一方、先日見ていたさんまさんの「ホンマでっかTV」で、不幸のどん底に陥った人たちが講師として呼ばれていました。

その中の一人は、私も何かの番組で見たことがある方でした。

40億もの負債を抱えた親の事業を引き継ぎ、結局16年かけて完済した方なのですが、

その方は、宇宙の図録を常に手元に置いて見ることで、心の平静を保てたと仰っていました。


等身大の自分を知る、という言葉がありますが、多かれ少なかれ、人は自分のことをあまりに大きく考えすぎているのかもしれません。

それをしっかりと、宇宙的な視野から見直すことで、何かすっと落ちるところがあるのかもしれません。


私は常々、地球に住む多くの人が、地球外からみた地球の映像を見ることが大切なんじゃないかと思っています。

地球を宇宙から見ることで、その美しさ、稀少さから、

自然と平和や自然環境を守らなければならないという意識が自然に芽生えてくるのではないか、という気がするのです。

ゼロ・グラビティなんて映画は、地上で生きていることのありがたさを痛感させてくれる素晴らしい作品だと思います。


このテクノロジーの発達した時代だからこそ、日常の中で宇宙的な視点を思い起こすことを習慣にしていきたいと思うこの頃です。


参考:






2017年11月20日月曜日

落合信彦の息子、、落合陽一



昨日の日曜の夜にやっていた情熱大陸で、落合信彦の息子、落合陽一さんが紹介されていました。



筑波大学の助教授で、様々な画期的なテクノロジーを次々と開発されている姿が紹介されていました。

自動運転、遠隔操作のできる車いすや、眼鏡を掛けなくとも映像がはっきり見える直接網膜に光を届けるシステムだとか、

とにかくもう、見てて、天才だな、、と感じました。

才気がほとばしるとはまさにこのことだと感じました。


無駄な時間が嫌だということで、食事はグミやチョコなどのお菓子、

それらをかじりながら研究していました。

睡眠時間は4時間、番組では、子供のように最新のドラクエをやりながら寝落ちしていました。。

もうやりたいことがあったら、夢中になって寝食を忘れて没頭しちゃう人のようでした。

頭脳を働かせるために体があるという感じで、デスノートのエルに似ていると思いました。


20世紀のあらゆる技術をアップデートしたいと番組の中で語っていましたが、

彼の言動、そして発表する物を見ていると、本当に身の回りの物をどんどんアップデートしていきそうな勢いを感じました。

こういう人がいるんですね~、、

もう見ていて、ほへ~、すげぇ~、、

の連続でした。

親の七光りなんてまるで無関係、猪突猛進で突っ走っているようでした。

こんな人たちによってどんな未来が作られていくのか楽しみであります。






2017年11月14日火曜日

80歳でプログラミングを勉強、アプリを開発!? 若宮 正子さん



前回の「世界一受けたい授業」で、若宮 正子さんという82歳のおばあさんが紹介されていました。





おばあさんといってもとても若々しい!






見た目もそうですが、考え、発想が若い、とてもエネルギッシュです!

60歳で、自宅にいながら他の人と会話したいとパソコンを始め、

エクセルで模様をつくったりするユニークなパソコン教室を開き、

80歳にして、高齢者が楽しめるアプリがないのに不満を覚え、


無いものは自分で作ったらいい!

と、プログラミングを勉強し、ひな人形をひな壇に載せていくゲームアプリを開発、

そのバイタリティーから、あのTEDでも講演し、アップルのCEOとも会って話しいてる場面が紹介されていました。

すげぇ~、、の一言。

結局、人間の限界って本人が決めているんだろうな、、と思わされました。

ご本人も仰っていましたが、歳だから、世間体が、、、とかそんなこと関係なく、

自分がやってみたいと感じたことは、どんどんやってみる、

そうすることで、その人が生き生きとしてくるんだなぁ~、と思いました。

そしてその生き方を見て、周りの人たちも元気を貰うことができるんだなぁ~と思います。


それでは前回とりあげたシンプルであることの豊かさ、

そこから感じられる幸せとはどういう関係にあるのでしょう、ちょっと考えてみました。

自分が幸せだなぁ~、、と実感できる生活というのは、人それぞれ、最も禁欲的な状態から、欲をとことんまで追及していくまでの間でグラデーションのように分布しているのだと思います。

そしてその中に、自分に合った幸せのカタチというのがあるのだと思います。

最終的にその自分の幸せのカタチというのは、色々な他の人の幸せをモデルにしながらも、

自分で作るしかない、自分で見つけるしかないんだと思います。

宗教にしろ、哲学にしろ、ある人が説いた「幸せにおける型」というのがあります。しかし、それを自分にそのまま当てはめてもダメなんだろうなと思います。

自分はその人とは違うし、また時代も環境も異なります。

自分の幸せのカタチというのは、そういう先人の方々が説いた既成の幸せの型を参考にしながらも、自分で見つけてあげなければいけないんだろうと思います。

それはもう天から与えられた義務のようなものなのかもしれません。

ではいま幸せを実感できない人は、どのようにしたらいいのでしょうか。いくつかポイントがあると思うんですね。

一つは、幸せだと笑顔になるように、笑顔をつくると幸せな気分になる。これが一つのポイントだと思います。自分が幸せであるようにふるまうということですね。

その中に常に笑顔を心掛ける、今与えられているすべてのもの感謝する、ポジティヴ思考を心がけるというのがあるかと思う。

また楽しみの柱を多く持っておくというのも大切だと思います。自分が楽しいと感じること、やってみたいと思うことは可能な限りやってみるということです。

そういうことを心がけている中で、自分なりの幸せのカタチというものが自然に出来上がってくるのかな、と思います。

いずれにしろ、今回番組で紹介されていた若宮さんは、とても生き生きして楽しそうでいいなぁ~と思いました。

自分も年齢を重ねても同じようでありたいと思います。


「若宮 正子」の名前で検索してみると、色々と面白い記事が出てきますよ。


おしまい

2017年11月13日月曜日

パスポート更新 & ハイチ美術館、、幸せについて考える



この休みに、川崎に更新したパスポートを取りに行きました。

パスポートの更新に関して、期限が切れていない場合は、本籍地から戸籍抄本を取り寄せる必要がないのですが、

本籍地や姓など記載事項に変更がある時は戸籍抄本を取り寄せなければなりません。

今回本籍地自体は変わっていないのですが、実は本籍地の住所が変わっているのです。

今までは熊本県~町と県のあとに直接町の名前が来ていたのですが、行政区の変更により、熊本県中央区~町と、区が入っていたのです。

もしかしてこれで戸籍抄本を取り寄せる必要があるのか、、と思いましたが、

エイヤっで出してみたところ、何も言われずにパスポートが発行されました。よかった、よかった。

今回のも10年パスポートなので次回は2027年まで更新の必要がありません。

さて、2027年ってどんな年になっているのでしょう。。


パスポートを9時過ぎに受け取ったあと、せっかく川崎まで出たので、

川崎市民美術館でやっているハイチアート展というのを見てきました。






行くと、ちょうど区民祭り開催中ということで、申し訳ないことに300円の入場料が無料でした。

区民祭りなのに、だから?、人がほとんどいず、すいていてじっくり、ゆっくり見て回れました。

会場もそんなに大きいわけでもなく、絵の数もそんなにたくさんある訳ではありませんでしたが、

南国の土の香り、暖かい日差しを感じるほのぼのとした風景画に感じるものが多かったです。

ポスターのような奇をてらった絵画もありましたが、私はふつうハイチの農村の風景がとても気に入りました。

ハイチはまたブードゥー教の国でもあり、美術館ではドキュメンタリーの映像を流してたりもしましたが、

そんなにオドロオドロシイものではないと感じました。

ハイチは世界の最貧国の一つらしいのですが、ハイチの人々は経済的な豊かさよりも自由であることを優先するのだそうです。

なんか面白そうな国だな~、一度訪れてみたいなぁ~と思いました。


川崎駅に戻り、11月で期限が切れてしまうビックカメラの株主優待券を使うべくビックカメラによりました。

特に欲しいものはないのですが、ビックカメラの店内を欲しいものはないかぁ~、、と歩いて回りました(笑)。

物、モノ、者、、ものの洪水。。

商品の多さ、人の多さ、店内のキラキラした照明、音響、きらびやかさ、に辟易としてしまい、早々に退散しました。

欲しいものがないのに、買う物を探して歩く、、というのも一種の苦行だな、、と思いました。

店で買わなくとも、ビックカメラドットコムでも使えるので、じっくりネットで選んで買うことにしました。


いま村上春樹氏の旅のエッセイ





というのを読んでいます。

まだこの本は読み始めたばかりのところなのですが、村上春樹氏がギリシア正教の聖地を巡る話しです。

ギリシア正教の僧侶たちのシンプルな生活に感じるものが多くあり、とても興味深く読ませて頂いています。


ハイチの絵を見たこともあいまって、シンプルであることの豊かさというのがあることを考えてしまいました。

そういえばアメリカにはアーミッシュという人たちがいて、電気や車の使用も拒否した生活を送っているのを思い出したりしました。


今の日本は物が過剰なほどにあふれています。またそれを消費することを良しとして社会が回っています。

多くの人はなんとなく‘足りない'という欠乏感を常に抱えて生きているように思います。

しかしよくよく考えてみると、3食の食事が食べられ、雨露をしのぐ家があり、温かい布団で寝れて、話をできるお友達、家族がいて、平和な社会で暮らせていること、、

と、与えられているもの、恵まれていることを数えあげたらキリがありません。途上国や紛争地域の人に申し訳ないくらい恵まれています。

こういった当たり前に与えられていることに日々思いを馳せ、感謝した生活をするというのは、幸せに生きる一つのヒントなのかなと思います。

同時に、極端な禁欲というのは苦しいものである一方、欲
の赴くままに欲しいものを次々と得ようとするのもまた苦しいものです。

モノがありながらもほどほどに利用し、ほどほどに倹約して生活するのが精神的にも肉体的にも健康な、幸せを実感できる生き方なのかなと思います。


いつも何かが欠けていて、その思いに駆り立てられて日々を送るのと、

自分はすでに満たされて幸せである、という思いを意識して生活を送るのでは、幸福感に格段の差が出てくるように思います。

いま既に与えられているものに日々感謝し、心満ち足りた暮らしをしていきたいなぁ~、、

とハイチアート展を見、ギリシア正教の聖地の話を読み、ビックカメラの店内を歩き回って思ったのでありました。


おしまい


















2017年11月10日金曜日

ヤフーBBのADSL!



この何年か自宅のネットは光回線を使ってきたのですが、

月5000円も払うのは高いなぁ~、、

と思っていました。

10月が契約の更新月だったので、もっと安いのに変えようと調べてみると、まだADSLやってるんですよね。

ヤフーのADSLなんて、1265円/月とかですよ。





そんなに頻繁に使う訳じゃないんで、また前みたいにヤフーのADSLにとしようと、

11月から再びアナログ回線のADSLに変更することにしました。

まぁ、回線の速度が遅くなってもやむを得ない、、

と、まずは電話回線をアナログ回線にしてもらい、

ソフトバンクから届いたルーターを設置し、つなげてみました。

すると、、

あれ、メッチャ速いじゃん、、光回線と遜色ない!

今まで月5000円払っていたのはなんだったのか、、、

目が点になってしまいました。

ADSLの12Mで一番遅いやつの筈です。。


前にパソコンを新しく買った時に、特典として光回線がある期間無料になる、というので光にし、

特典期間終了後もそのまま継続で使ってきたのですが、まったく意味がありませんでした。。

まあ、ADSLは地域によってかなり速度に差が出てくるということですが、

自分の住んでいる地域はまったく問題がなかったようです。


私はいまだに携帯はガラケーで十分だし、

これからもテクノロジーは利用させて頂くものの、質素倹約で行こうと思ったのであります。

メンテナンス、維持に費用が掛かからないのって、楽でいいです。