2012年7月2日月曜日

オノマトペ(擬態語)


先日の試してガッテンで、
 


というのをやっていました。
 
すぅぅ、がぁぁぁー
 
といってゴルフのスイングをすると、飛距離が何割か伸びることや、
 

ぐぅぅぅー
 

と言って瓶のふた開けると、固い蓋が開いてしまうとか、なかなか面白かったです。
 

これを見ていて思い出したのが、

この前阿蘇に行った時に、祖母が前から外国人に聞きたいことがあるといって

アメリカ人のロバートさんに聞いていたことでした。


  それは、日本では特にお年寄りなどが立つ時などに、

よっこいしょ、とか、どっこいしょ、

などという掛け声を発しますが、外国にもこのようなものがあるのか?

ということでした。

私が通訳して尋ねてみると、そのような掛け声は聞いたことがなく、無言で立ち上がるのだとか。


そういえば、外国の人が日本語でいつまでも難しく感じるのが擬態語なのだそうです。
 

すべすべとか、ガヤガヤ
 

とかそういった音の感覚とイメージが結びつかず、覚えるのに苦労するという話しを聞いたことがありました。
 
これは、もしかしたら日本語の脳の使い方が、外国語を使う時とは違うのかもしれません。


そして、もしかすると、このことと動作の時に掛け声を発する、発しないというのは何かしら通ずるところがあるのかもしれないなぁ、などと思いました。
  この番組で講師をされていたのは、藤野良孝氏という方だったのですが、

何か本を出してないかとアマゾンを検索してみるとありました。

面白そうだったので、さっそく図書館にリクエストを出しました。


番組内で語っていたのですが、この方がそもそもオノマトペの研究を始めようと思ったは、

大好きな巨人軍長嶋氏が野球を指導している姿にあったそうです。

バッティングの指導で、ビュッとかボワっとかいう言葉を用いて説明していたのだそうですが、

もしかしたらスポーツのできる人というのは、

動作をこのような音の感覚、リズムで理解しているのではないかと思ったのだそうです。




確かに、あいうえおという母音を発音してみただけでも、人類普遍のイメージというものがそれぞれの音にあるし、

子音を含めてそれらを発する事は心そして体の動作に大きく影響を与えるだろうという気がします。
 

藤野良孝氏の著作、とりあえず面白そうなので読んでみます。

もしかしたら、有効なのに使っていない、“魔法の言葉”のようなものがまだまだあって、

自分たちの能力を眠らせたまま、宝の持ち腐れにしているかもしれないなぁ、などと思うのです。

こういう知恵はどんどん活用したいものです。

何か、面白い発見があるといいなぁ、と思ってます。


おしまい



参考:

リズムで脳を刺激せよ!(再放送:7/3 16:05~)





アマゾン:

藤野良孝氏の著作
 


内容紹介

テレビ、雑誌で大反響!
イチロー、浅田真央、室伏広治、長嶋茂雄、Perfumeあ~ちゃんも使ってる
!
「ホンマでっかTV」、「ためしてガッテン」「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」の“オノマトペの先生"こと藤野良孝が、

一流アスリートが使っている潜在能力を発揮させる魔法の言葉「スポーツオノマトペ」を、誰でも・いつでも使えるように編集し、シチュエーション別に解説!
あなたの集中力、記憶力、説得力、表現力、コミュニケーション力が劇的アップ
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【こんな時に「魔法の言葉」】

・大事な試験の前なのに集中できない!
・記憶力が悪い

・就活の面接で、しっかり自己アピールしたい
・とびきりの笑顔で人に接したい
・部下を上手に叱りたい/ほめたい
・好きな人に告白したい
・家事を手際よくやりたい
・卵焼きやチャーハンなど、料理の腕をUPさせたい
・ゴルフのスコアが伸びない…
・運動が苦手な子供に、スキーや泳ぎを教えたい

・人見知りで、初対面ではガチガチに緊張しちゃう! ……ほか

内容(「BOOK」データベースより)

大事な試験の前なのに集中できない、会議で発言してもみんなの反応が微妙、プレゼンでガチガチに緊張…そんなとき、「声」を出したら「力」が出た。集中力、記憶力、説得力、表現力が劇的に高まる、一流アスリートたちのように、ここ一番で落ち着いて、最高のパフォーマンスを発揮する方法。

 


出版社 / 著者からの内容紹介

卓球・愛ちゃんの「サー」に隠された秘密!

 なぜ、ハンマー投げ・室伏広治は「ンガーッ」と叫ぶのか? 卓球・愛ちゃんの「サー」には意味があるのか? トップアスリート(一流選手)ほど、試合中に「声」を出します。実は、スポーツ時に「声」を出すことで、よい成績が期待できるのです。こうしたスポーツシーンで用いられる「声」を『スポーツオノマトペ』と命名し、世界で初めて科学的に分析・解説しているのが本書です。 スポーツオノマトペを理解すれば、(1)一流選手の試合を観戦していて楽しくなる、(2)実際に声を出すことで自分のプレーが上達する(ダイエット効果も得られる!)、(3)こどもたちにスポーツのコツを指導しやすくなる、などの効果が得られます。柔道家・井上康生氏推薦の1冊!!


2012年6月28日木曜日

心の要とは、、



前回、体の要(かなめ)という題でブログを書きましたが、


それを書いている最中にそれでは心の要(かなめ)となるものは何だろうという思いが湧きました。


それは間違いなく、想念の習慣であるといえるでしょう。


これに関しては、最近たいへん感銘かつ影響を受けた本をご紹介することから始めましょう。











著者は高橋信次という方で、宗教家です。(といっても自身は会社経営者で、宗教でお金をとることを戒めています)






この方はもう35年以上前に亡くなっている方ですが、その生前に説いた教えは未だに燦然と輝いています。



私はこの方に関してはまったく存じ上げていませんでしたが、ある方から面白いよ、と紹介され読んでみました。


彼は、数々の奇跡的な現象を見せただけでなく、


その単純明快な教えは、私が今まで学び体験してきた数々のこととまったく合致する事であるとともに、


さらにその上をいくものでありました。




彼の本を読んだことで、私はこれまでしてきたことにも少し変更を加えることが出来、とても感謝してます。




彼の説くもっとも根本的な教えは、私達が日常抱く心の習慣についてです。


憎しみや嫉妬、怒りや執着など、ネガティヴな想念を抱くことなく、


常に思いやりや優しさ、感謝の念を抱くことが大切であると説いています。


いたってまともであるとともに、とても難しいことでもあります。



心で邪なことを抱くことは、それを現実にすることと同じであるということをキリストは語っていますが、


まさにそういうことのようです。




高橋氏は、特に宗教的なことをしていたわけではありませんが、

小さいころから幽体離脱などを体験し、もうひとりの自分というのはなんのなのか、ということに興味を持っていたそうです。



仕事としては、電気関連の会社を自ら興して経営していたのですが、そんな彼にあることがきっかけとなって心眼が開かれ、


自分の過去生を完璧に思い出す他に、向こうの世界がどうなっているのか、


また人を見た場合でもその人の健康の状態がレントゲンを見るようにわかってしまったり、


また今で言うスピリチュアルカウンセラーのように、

その人の過去生から、現在の何が影響してそのような状態にあるかまでつぶさに“見る”ことができたそうです。





彼によると、向こうの世界では、魂だけの存在になるので、想念自体が行為であるそうです。


こちらの世界では、物質の世界であるがゆえに、ある想念を抱いても、その結果が現われるまで時差がありますが、


向こうでは抱いた想念が即座に行為となるのだそうです。




また私達が怒りや妬み、執着などの邪な想念を抱くと、

それが向こうの世界の対応する境涯にいる存在を引き寄せ、俗に言う憑依ということが起こるのだそうです。


彼が“見る”ところによると、病の多くは、このような憑依によるものだそうです。


よくお祓いなど憑き物をとるということが行われたりしますが、あれは一時しのぎでまったくのナンセンスなことだそうです。


結局はそのような存在を磁石のように引き寄せている自分自身の想念を改めないことには、まったく意味がないそうで、


一時的にそのような存在が離れたとしても、次にはもっと強力な物がつく可能性もあるそうです。


逆に、想念を常に思いやりや感謝の気持ちで満たしていると、向こうの世界の善なる存在の援助を受けられ、


また向こうの世界とこちらの世界を隔てているモヤのような想念帯が晴れて、向こうの世界を見通すことが出来るようになるのだとも言っています。




高橋氏は、かつてブッダが説いた八正道こそ正しい方法であると説いています。


そしてその中でも特に重要なのが想念、正しい思いなのだそうです。


正しい行為、正しい言葉もすべて心の中にある思いが現われたものだからです。




また高橋氏は、釈迦の説いた瞑想とは本来、自らを反省するものであったと言っています。


何も考えずに無念無想で座るのではなく、自らの一日が八正道にかなったものであったかどうかを静かに内省すること、

これが瞑想なのだそうです。


自らの想念の習慣を正すことなく、心を空っぽにして瞑想などすると、

類は友を呼ぶの法則の如く、そのような存在の憑依をうけるので、極めて危険だといっています。




私はこの反省という視点を読んで、ギリシアのヒーラー、ダスカロスを思い出しました。


彼も小さいころから数々の奇跡を起こした人ですが、生涯公務員としてすごし、公表されることを拒んだ人物です。


彼の教え、というよりある存在から告げられたこととして7つの約束というものがあるのですが、


その中に、自らの行為が神の法則に適うものであったか、毎晩反省する時間を設けるというものがあるのです。


ダスカロス
http://www.daskalos.jp/


ダスカロス:7つの約束
http://www.daskalos.jp/201researcher/217promise.html




毎日の想念の習慣、そして反省の視点をもつこと、これは本当に大切にしていきたいと思います。




最近気づいたことなのですが、前に禊について、


禊には、水によるものの他、太陽、そして笑いがあるということを書いている人がいると紹介しましたが、


最近感銘を受けた本 ≪その②≫ (松田隆智、ラム・ダス)
http://mshiko.blogspot.jp/2011/07/blog-post_19.html



もっとも強力な禊はおそらく、心に感謝の気持ちを抱くことだと感じます。


あらゆること、すべての存在に無条件に感謝の気持ちを向けると、本当に心が洗われます。


これは水や太陽、笑いといった物質的な禊をはるかに凌駕しています。




どのようなことに対しても、感謝や思いやりの念をもつという視点で色々な教えを見ていくと、


やはりこの正しい想念を抱くことが基礎であり核心であるように思います。




例えば、キリストの逸話として


右の頬を打たれたら左の頬をだしなさい


というのが有名です。



ルカ 6-27~29


わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。


悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。


あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。




マタイ 5-8、39、44


心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。


わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい


わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。




これは、自分に嫌な事をするひとがいたとしても、その人たちに対して悪意を抱くのではなく、


逆に彼らに思いやりの気持ちを抱くようにしなさい、ということを説いているのではないかと思います。


その極端な例えとして、たとえ頬を叩かれたとしても、、


ということを語ったのだと思います。


そういう視点で見ると、

自分の身に起こるあらゆる現象は自分のステップアップの材料として利用することができるということがわかります。


今まで嫌だと思っていた諸々のことも、実はそれらに対して感謝や祝福の念を抱く練習の場となり、


つまづきの石と感じていたものは、実は自分を高めるための階段となっていくのです。


逆風と感じてきたものも、自らを上昇させるための風として利用するということなのです。




私たちは、常に選択の場にいるのです。

嫌な事があったら、それに対して恨み、つらみの念を抱くのが普通なのかもしれません。

でもスピリチュアルな観点からすると、ここにおける選択は自らの魂にとって雲泥の差を生みます。




かつて当ブログでも紹介した雷に2度打たれたことのある臨死体験者、ダニオン・ブリンクリー氏も語っていたことですが、


この世とあの世の関係、もっというなら、

この世での行為、想念が向こうでどのような結果を生むかに関する知識があまりに教えられていないことがとても残念であります。


どうしてこのようなことが人間の基本的な教えとして教育されないのか、それはとても危険であるとも感じます。


想念に関して、我々は何を考えようがそれは自由ですが、

その因果に関して何も教えないのは、赤子にナイフやけん銃を好きなように持たせているようなものです。


因果の結果を知るのが死んでからというのは、あまりにもったいなすぎます。

実際、向こうの世界を見通すことのできる人たちにとっては、これは共通の思いのようです。




私は高橋信次氏の本を紹介されたので、まずは地元の図書館で検索してみました。


何冊かあったので「心の発見」(全3巻)から読み始めたのですが、


凄すぎて、凄すぎて、深夜すぎまで一気に読んでしまいました。


自分が今までに気づき、考え、実行してきたことと重なることが多く、


また更に、新たな視点を得られ、自らの日常生活でどのような点に注意すべきかのヒントを得ることができました。


読了後、このような本に出会えたことに心から感謝するとともに、心が洗われた気がしました。




彼は、自ら48歳で亡くなることを生前述べてたそうですが、その言葉通り48歳という若さで亡くなりました。


人の価値は、人生の長さではないといわれますが、あまりに惜しいことだと思います。




スピリチュアルな事に興味のある方は、是非高橋信次氏の本を一読されることをオススメ致します。




すべてに感謝であります。





参考:


≪アマゾン≫


心の発見 (神理篇)

高橋信次氏の著作

高橋信次 (宗教家) - Wikipedia

ダスカロス エソテリック・ティーチング―キリストの内なる智恵 秘儀的な教え
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4931449956/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4931449956&linkCode=as2&tag=mshikon-22


ダスカロスに関する本



2012年6月18日月曜日

体の要(かなめ)・・・腰




私は朝夕、食事の前に運動することがだいたい日課となっているのですが、



最近調子をこいてというか、新しい動きを模索して、

いままでにやらない腹筋運動を試してみたところ、腰痛になってしまいました。



今まではずっと、腹筋はチベット体操の第二(仰向けになって足を垂直にあげる運動)と、


膝を曲げつつ上体を起こす腹筋運動がメインだったのですが、(ともに20回強)


体をVの字に曲げる腹筋を試みてみたのです。

腰痛になって即座にその腹筋はやめたのですが、その間、日常生活の中で常に腰痛がつきまといました。

その時に気づいたのが、腰はまさに体の要(かなめ)だということです。

漢字で肉月に要とはよく書いたものです。



あらゆる動作で起点となる個所であり、それゆえ常に負荷のかかりやすいポイントなのです。



従って、日常生活のなかで腰をVの字の頂点のようにしてつかうのではなく、Uの字のようにその箇所をまるく使う、
 

あるいは、ものを持つ時に腰を入れるように、頂点を持たないような体の動かし方をするのが正しいと感じました。



また腰痛になったおかげで、どの体勢、どのような姿勢がもっとも腰に負担になるかもよく分かりました。


なんせ少し負荷がかかると、イテテっとなるからです。まさに敏感なセンサー状態です。



洗面の姿勢や、ものを拾う姿勢、あとはくしゃみも腰に来ることが分かりました。


あとは座る姿勢も大切です。背筋を伸ばして座った方が、腰には負担がかからず、長時間作業しても疲れないようです。


 
私は京都で学生時代に旅館のアルバイトをずっとやっていました。



そこでは、お膳を8段、10段と積んで運ぶ仕事もあったのですが、

その時若気の至りで力まかせにエイヤっと持ち上げていたので、次第に腰に鈍痛を覚えるようになりました。



そんなとき、ちょうどNHKで今のためしてガッテンのような番組があり、

腰を痛めやすい職業の人たちが、如何にそうならないようにするかを放映していました。

秘訣は2点、

1、重いものを持つ時は、ちゃんと腰をいれること

(普段から腰の一点に負荷がかからないような姿勢を心掛ける)


  2、腹筋、背筋を鍛える



でありました。



私はその番組を見て以来、動作の姿勢に気をつけ、腹筋、背筋を欠かさず続けてきました。10年、20年、、、?



お陰で腰痛とは無縁の生活を続けてこれたのであります。



しかしたまに今回のような、正しくないことをしてみることで、

如何に正しいことが大切さであるかを身にしみて実感したのであります。



結局、腰痛が完全にとれるまで3週間程かかりました。



その間も今まで続けてきた運動をやったのですが、その中でもあまり腰に良くない動きというのが分かりました。



それは柔軟運動です。



前屈や後屈も、腰を痛めている時にやるととてもよくないです。普段でも相当の負荷が掛っていたということがよく分かりました。



これからも腰に負担をかけない正しい動作と、腹筋・背筋は続けていこうと思ってます。



腹筋・背筋を鋼(?)のように鍛えておけば、それがコルセットのような役割を果たし、腰(脊柱)に負担をかけずに済みます。



あともう一か所、腰と同様に痛めやすいのが、膝であります。



こちらも同様に、負荷を掛け過ぎると痛めやすい個所ですが、

前にとりあげた片足立ちなどを毎日することで、筋肉で関節を固め、こちらも予防できるようです。


体が痛いと、何をするのも億劫になってきます。

 
体が資本といいますが、健康を害してはじめて本当にそうだと気付かされます。

体をいたわりつつ、体に感謝しつつ、よきメンテナンスを心掛け、

これからも体と良好な関係を保っていきたいと、今回の腰痛を通して思いました。





おしまい



参考:

彦兵衛のブログ:
Let's 片足立ち! ≪ロコモティヴシンドローム対策≫
http://mshiko.blogspot.jp/2009/10/lets.html


アマゾン:
5つのチベット体操──若さの泉・決定版