2010年10月27日水曜日

エラー切り



私は、コンピューターはデルのデスクトップを使ってますが

前々からメモリを増設したいと考えていました。


メモリは作業するときの机の広さのようなもので、

メモリを増設する=作業スペースが増える

ということになります。

まぁ簡単に言うと、コンピューターの処理能力が速くなります。


私のパソコンには既存のメモリは1G×2枚が入っていましたが、MAXは1G×4枚まで取り付け可能です。

最近はメモリの価格が下がってきていることもあって、思いきって取り付けてみることにしました。

1G×2枚で3980円elixirという会社のものをビックカメラで買いました。


コンピューターのマニュアルに書いてある手順どおりに、

筐体を開け、スロットルを外して、メモリ2枚を取付け、コンピューターを起動してみると、

ピー、ピー、ピー、ピー

画面は暗いままで、ひたすらビープ音が鳴っています。


やっちまっか、、、

メモリの不具合あるいは、

コンピューターは繊細なので、いじったことによって壊してしまったのかと、

顔面蒼白、頭の中が真っ白になりました。


その後何度メイン電源を入れ直しても状態は同じ。。。

ネットにつなげないのでは、ネット上のサポートを受けることもできません


やっべーーー


どうしようもなく、とりあえず増設したメモリを外してみることにしました。

すると、意外や意外!?

正常に起動するではないか(当たり前か?)


おっ、ということは、内部を破損してしまったとかいう類ではないのだと知り、ひと安心。


そこで「デル メモリ 増設」などで検索して、使えそうな情報を調べていると、似たような状況のものが幾つかヒットしました。

その中で使えたのが、やはりメモリ増設で苦戦した奮闘記でした。


それによると、手順としては、買ってきたメモリをスロットルの1に順番に1枚ずつ差し込んで、正常に立ち上がるか確かめてみる、

つまりどのメモリに不具合があるのかを確かめること

エラー切り

という作業が有効とのことでした。


おーー、ナルヘソ、でも考えてみれば当たり前か。。。

でもコンピューターが立ち上がらないという半ばパニック状態では、このような正常な判断はなかなかできません。


とりあえず、買ってきたものを1枚ずつ、スロットルの1に差し込んで立ち上げてみました
、、、

1枚目、、、おっ、たちがるぞ!

それをはずして

2枚目、、、んっ、こちらも正常に立ち上がるではないか!

では、2枚一緒では、、、

これまた正常に立ち上がりました。

アレレ、どういうこっちゃ?

ということは既存のメモリとの相性が良くないのか?

と思い、残りのスロットルに既存のメモリをはめて立ち上げてみると、、、、

ブーーーーン

なんと正常に立ち上がったのです!!

しかも速い!

ビュンビュン処理されていく感じです。


マイコンピューターからメモリの容量を確かめてみると、、、


ちゃんと 4G と表示されていました。

ヤッターーー!!!


結局原因はよく分かりませんでしたが、正常に起動したので安心しました。

今回、コンピューターの筐体を開けることから始まって、スロットルの取り外しメモリの交換など、

結構ドキドキものでしたが、やってみると意外と簡単だし、物の道理がわかればどう対処すればいいかもわかってきます。


今回学んだことは、

虎穴に入らずんば虎児を得ず

でしょうか。

コンピューターの内部を触ることはなんとなくコワイことですが、

やってみると学べることがたくさんあり、収穫は多かったです。


メモリの奮闘記を残しておいてくれた方にも感謝ですね。

私のブログで書いたことも、こんな感じて何がしか人のお役に立っていたら嬉しいな、と思いました。


つづく、、、


※ 参考情報ですが、

立ち上がらないでビープ音が鳴っているのは、その回数によってどこに支障があるのかを教えているのだそうです。

今回は4回なっていたのですが、マニュアルによると、まさにメモリに支障がある事を告げていたのです。

でもそんな知識なしで立ち上がらないでいきなりコンピューターがピーピーなりだしたら、

かなりの異常事態が発生したと思っちゃいますよね。

ま、でも今回は失敗によって色々学べて良かったです。

2010年10月24日日曜日

持たない暮らし


その本がコチラ↓



お部屋も心もすっきりする 持たない暮らし アスペクト (2006/12/1)



彼女の主張は、ダイエットと同じで、

入れる量より、出す方が多くなればモノは減る

ということです。

しかし事はそう単純ではないのであります。

彼女が説いているように、モノを捨てる、処分するって意外や意外、大変なのです。

それはモノが単なる"物"ではなく、それらを入手した時の私達の心、気持ちなどと密接に関わっているからです。

極端な例を挙げると、ゴミ屋敷など呼ばれる家(or部屋)がありますが、

そこの住人はモノを集める事で、心の寂しさや空虚感を埋めようとしていることが指摘されています。

モノとのかかわり合いに置いて、私達は多かれ少なかれ、このゴミ屋敷の主人とそう大差ないのだという気がします。


それではモノのをため込まない、清々しい生活を送るにはどうしたらいいのでしょうか。

彼女は以下の7つのポイントを挙げています。




1.もらわない
2.買わない
3.ストックしない
4.捨てる
5.代用する
6.借りる
7.なしで済ます


この中で、幾つかコメントすると、

もらわない

というのはホントその通りだと思います。

別に要らないけど、タダでもらえるなら貰っとくか、、、

とつい景品などを貰ってしまいますが、こういうのがたまっていくと次第にゴミゴミとしてきます。

実は私も先日、あるスーパーが閉店するというのでポイントをチャラにする代わりにお皿を配る

ということをやっていて、お皿を貰ったのですが、

貰いつつ、果たしてこれは本当にお得な事なのか?

と自問していました。

特に気にいった柄でもなんでもない、平凡な小皿なのです。

考えてみれば、使わなければ単にスペースを食うたけの邪魔物と化すだけではないのか、、、?

どこか貧乏性というか、貰えるものは貰った方が得という思考回路がどこかにできているようです。

しかしこの本を読んだことで、そうか、なるべくもらわないようにするのか、

と意識を更新することができました。


タダほど高いものはない

と言う言葉がありますが、彼女はこれを強調していますし、まさにその通りだと思います。


彼女は、食器などはお客様用などはストックせずに、ふだんからイイもの、お気に入りのものだけを使うようにするといいます。

買うのも、安いから買う、ということはしないそうで、高くても自分の気に入ったもののみ購入し、大事に長く使うようにするのだそうです。

安物買いというのも、一見得したようでいて、モノが増える行動の一つだと思います。


ストックしないというので彼女が徹底しているのは、お客様用のふとんさえ持たないのだそうです。

必要になったら、数千円をだして借りるのだそうです。

頻度との問題もありますが、年に何回あるかないかのために、

お客さん用の布団のために広大なスペースを割くぐらいなら、その都度数千円出した方がましだと言います。

そういう考え方もあるんですね。


便利だから、とモノを増やしていくとどうなるのか、

私はそれをもっとも端的に表しているのが東京の地下鉄だと思います↓





はたしてこれほどまでの路線が必要なのだろか?

ある程度の所まで地下鉄で行って、あとは彼女が説いているように、

代用する、なしで済ますという発想

つまり歩いたり他の交通機関を利用すればいいんじゃないのか、、?、

東京で地下鉄路線図をみるたびに私は思ってしまいます。

地下鉄をつくるのには、建設コスト、維持費など莫大なお金がかかってきますが、ほんとうにここまでする必要があるのかなぁと思うのです。

私はまたこの異常なまでに絡み合った地下鉄路線図を見ていると、

大分前に挙げたが引き起こす血管新生を思い出すのです。


彦兵衛のブログ:血管新生~『がんに効く生活』より
http://mshiko.blogspot.com/2009/04/blog-post_23.html



は やまいだれ に品の山

と書く通り、これまた体内にモノ(エネルギー)があふれたときに発症する傾向にあります。

東京にも、モノがあふれすぎて、都市が病的な症状を呈しているような気がしないでもありません。


モノがたくさんあれば、豊かになれる



この思い込み、呪縛から解放され、

体の内も外も、なるべくシンプルさを心がけ、清々しくありたいなぁと思うのであります。

以下に、この本の目次と、シンプル生活のヒントを掲載したページを載せておきますので、

興味のある方はご覧ください↓













参考:

金子 由紀子の著作

いま流行りの
断捨離関連の本 も参考になるでしょう!

2010年10月13日水曜日

豊かになるために、、、モノをもたない



書きたいことは山ほどあるのですが、とりあえず優先順位で今一番自分が感じていることを書きたいと思います。


豊かであること


これは誰でもが望むことでしょう。

これはまた、

余裕があること


と置き換えてもいいかと思います。

お金に関して、精神的、肉体的な面で、

時間的、空間的に余裕があると、人はゆったりした気分、豊かな気持ちを味わう事が出来ると思います。


これの逆で、上にあげた点で余裕がないと、あまり豊かであるとは言えないでしょう。

いくらマネーリッチでも、タイムプアーだったら豊かさを味わっているとは言えないし、

マネー & タイムリッチだったとしても、健康を害していたら豊かさを享受しているとは言い難いと思います。

つまり豊かさを味わうためには、人間の持つ様々な側面における余裕のバランスを考える必要があるように思います。


お金がない、心にゆとりがない、肉体的に疲弊している、、

時間に追われている、自分の占める空間にスペースが無い状態、

これらは余裕が無い状態、豊かではない状態と言えるでしょう。

では豊かになるためには、余裕がたくさんあればいいのでしょうか。


“豊かさ”を味わうために、戦後の日本人は猛烈に働いてきました。

そして便利で快適なグッズをたくさんもって、“豊か”になったはずなのに、なぜか私達は依然として忙しいままです。

これはなんなのでしょうか。


その一つの要因は、

モノが多すぎること


に由来するのではないかと思います。


戦中、戦後は食糧は勿論のこと、あるゆる物資が不足しており、そのようなモノのない時代を体験してきた世代の人たちは、

“豊か”になるために、身の回りにモノをたくさん所有することを目指してきたように思います。

確かにモノが足りない状態というのは豊かであるとは言えませんが、

今度はモノがあり過ぎると、かえって豊かになれないという現象が起こって来るように思います。


何かを所有するということは、まずお金を消費し、ある空間を占拠し、それに対するメンテナンスのコスト、労力、時間がかかってきます。


モノの所有は有る程度までは幸福度を上げますが、ある点からは、モノが増えるにつれて煩雑さが増し、幸福度を下げるような気がします。

それは、モノの維持にお金、労力、気力、時間、空間を取られるからで、

所有するモノが増えれば増えるほど、あらゆる面で自分の使える余裕がなくなっていくように思います。


シンプル イズ ザ ベスト

という言い方がありますが、私はもうちょっとゆるやかな

シンプル イズ ベター

だなと思います。

‘ザ ベスト’

と言い切ってあまりストイックになるのも豊かとは言い難いし、

一人ひとりにとってのシンプルというのがあると思うからです。


戦中、戦後に育った世代の人たちは、

モノがなくてたいへんだったという話しを知らず知らずのうちに繰り返してきました。そして

モノがたくさんあること=豊かであること

と脅迫的なまでに思い込んでいるような所があるように感じます。


しかし今の時代はおそらく逆でしょう。

モノを如何に減らすかに、豊かさを取り戻す鍵があるように思います。


私は
前にも紹介したことのある


すべては「単純に!」でうまくいく


という本に書いてあったように、

何かを買う前に、持っている同じようなものを処分する

ということを心がけ、常々、シンプルさを心がけてきたつもりでいたのですが、

最近古い地層から昔のコレクションなどがワンサカでてきたりして、

まだまだだなぁ、、

と思わされました。


そんななか、ネットをしていたら、たまたまある本に遭遇し、

また心新たにモノの少ないシンプル生活を心がけよう、と思うに至りました!


つづく、、、