2012年11月21日水曜日

飛び抜けた日本人、、、JOI~伊藤穣一さん~



もう一か月以上前のNHKクローズアップ現代で、

 

伊藤穣一(通称JOI)さんという方が紹介されていました。

この人は、アメリカ マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボの所長に抜擢されたということで、

日本人としてこのポジションに着くのは極めて異例だということでした。




番組で紹介されていたJOI氏の生きざまがなかなかユニークだったのでここでとりあげてみたいと思います。




MITのメディアラボというのは、アメリカの研究の最先端をいく機関だそうなのですが、





JOI氏は現在そこの所長をされています。

所長として選ばれた理由のひとつが、専門分野にこだわらずに、




色んな分野の専門家の方々とつながりがあり、それらの人たち同士をつなげる能力に長けているということでした。


彼はどのようにして、そのような能力を身につけ、ネットワークを築くことができたのか、、、。



それは彼の学生時代にあったそうです。

学生時代、大学の勉強には常に答えが決まっていてつまらなかったそうです。

そんなときに、父の友人である福井謙一氏(友人であるという時点でスゴすぎます(笑))に、




カオスを勉強しなさい、と言われたのだそうです。



カオス、特にフラクタルの考え方の重要性については、当ブログで何度もお伝えしてきましたが、

言語表現と数学的思考 ~ その悟 ~

言語表現と数学的思考 ~ その宍 ~

彼は、福井さんにカオスを勉強するようにいわれ、自らカオスの世界に身を投じてしまうのです!






DJをやったり、




カメラマンをやったり、ダイビングをしたり、ITの会社を立ち上げたりと、、、





自らの身をカオスの中に投じて、色々な体験をしたのだそうです。

2008年のインターネットで影響力のある25人に、あのスティーブ・ジョブズ氏とともに選ばれたりもしたそうです。




彼が学びにおいて大事にしているのは、違和感があることだそうです!




違和感があることで初めて





学びが生じるということでした。


以下彼が番組内で語っていたことが字幕として表示された場面を載せておきます。


 

















この番組を見て、

すっげー、こんな人が日本人でいるんだ~、

とかなり嬉しくなりました。

で、何か本でも出してないか調べてみたら、以下の本がありました↓



「個」を見つめるダイアローグ
村上龍・伊藤穣一著 ダイヤモンド社 2006



図書館で借りて読んでみましたが、

イマイチ小言みたいなことが多く、日本人、日本の社会の悪い点ばかりを指摘しているようで、

あまりインスパイアーされるものがありませんでした。

知の巨人からすると、日本の閉鎖的な環境は息苦しく息苦しくてたまんないんだろうな、と感じました。


それにしても、ユニークなことをやる人って考え方がカタにハマって無くて、

自分の興味のおもむいたことを自由にやっていて、最終的にそれらを統合させている気がします。


前に山中教授のことをとりあげた時に、彼が言ってましたが、

好きなこと・目の前のことを一所懸命やる~SMAP・スティーブ・ジョブス・山中教授

結構、アメリカの学者なんかは、あっちふらふら、こっちふらふら

とその時に興味をもったことを思いつきのようにやっているそうなんですね。





で、そういう人の方が、最終的には面白いことをやるのだそうです。


私はこれは植物に似てるんじゃないかなという気がします。

学生時代、私は京都の北山杉に関わるサークルに参加して、

枝打ちとか間伐とか、下草刈りとかを体験したことがあるのですが、

杉を植えた人工林て、全然面白みがないんですよね。

まっすぐ伸びた木が整然と並んでいて、森なのに森じゃなく、工業製品みたいで、植物が歌ってないんですね。

妙に静まり返っていて、死の森という感じなのです。

で、木は確かにまっすぐ伸びて規格的には揃っていて使いやすいのかもしれませんが、

なんだかひょろんとして、頼りないんです。


これは人間の成長にもいえるのかな、その時感じました。

人の敷いたレールに乗って、ただまっすぐ進むのって、確かにすぐに使えるかもしれないけど、あまり発展性がない。

でも、自然林の中で育った木は、あっちに枝を伸ばし、こっちに枝を伸ばしして、一見遠回りのように思えますが、

結局大きく枝葉を茂らせて幹の太い根もしっかり張った巨木になっていくような感じがするのです。

こういう自然林の中に育つ巨木のような生き方を許容できる度量が日本社会にもっとあったらいいなぁ、と思うのであります。

一見遠回りで、非効率的のように思えますが、

後々そういう人たちが圧倒的なパワーで社会を牽引していくような気がするんですよね。

人を育て、育むことにおいて、あんまり最初から効率ばかりを求めちゃいけないような気がするのです。
 
 
文武両道なんて言葉がありますが、

これも興味のあることをやってみるというのと同じで

体も頭も動かすことで相乗効果を生み、ただどちらかをやっているより、はるかにいい結果を生み出すんだと思います。
 
山中教授がマラソンなどをやるスポーツマンであることは有名ですが、
 
そういえば、学生時代に一時期、卓球にハマったことがあって、

ある学部の近くにある古い卓球専用体育館で卓球をしていた時に、
 
ここは昔湯川さんが卓球で汗を流していた所なんだよ、と言われたことがありました。
 
おそらく、湯川博士も研究の他に、運動もする人だったのではないかと思いました。(湯川氏は漢詩が好きだったことは有名なエピソードです。)
 
 
ワタクシ事ですが、今までもずっと体を動かすことはしてきましたが、
 
新たに最近ロードバイクを買って色んなところにツーリング行くことで、生活にメリハリが出て、

仕事、やらなければならない勉強が逆に充実しているように感じます。

そういえば、昔とりあげた
 
隗(カイ)より始めよ
 
の中で、 ホンダの創業に関わった西田氏が

遊びの効用”として、

よく遊ぶ人の方が仕事もできる

というようなことを述べていたのを思い出しました。(私の場合はむしろ遊びばっかですが、、、苦笑)


いや~、色々と脱線してしまいましたが、

今回の伊藤穣一氏の番組をみて、

山中教授が語っていたことをはじめ、色々な方が言っていることがバババッとつながった気がしました。

興味があることは色々とやってみるのは大切だなぁ~と思うのであります。


おしまい




参考:

クローズアップ現代:
“混とん”に飛びこめ!
MITメディアラボ所長 伊藤穰一
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3256.html

アマゾン:
「個」を見つめるダイアローグ

以下、書籍の説明

~「個」としてハッピーであるために
一人でもできることは少なくない。

対話は、2005年6月にスタート。約9カ月間に及んだ。
幅広いテーマに鋭い洞察力を持つ作家・村上龍氏と日本を外部から見つめる国際人としての目を持つ伊藤穰一。

この二人の「ダイアローグ(対話)」は、日本の経済、教育、政治、メディア、エンターテインメントとあらゆるテーマにおける日本固有の現象や問題などに焦点をあて積み重ねられた。

そして、この対話が新鮮な化学反応を引き起こし、読み手に新たな見識をもたらし、私たち「個々人」が、日々の生活で何を意識し、どのような行動をおこせば、ハッピーになれるのか、そのヒントが随所に盛り込まれている作品となっている。~


彦兵衛のブログ:

言語表現と数学的思考 ~ その悟 ~ 〔2009年12月9日〕

言語表現と数学的思考 ~ その宍 ~〔2009年12月10日〕

好きなこと・目の前のことを一所懸命やる~SMAP・スティーブ・ジョブス・山中教授

〔2011年10月19日〕 
 
隗(カイ)より始めよ〔2010年8月29日日曜日〕





2 件のコメント:

谢晨 さんのコメント...

確かにそうですね、やってみないと自分の興味のところわからなくなる。人生はもともとみんな同じわけではないと思ってるんです。同じだったら、ロボットみたいになっちゃう。人生の意味がなくなる。

なんじゃもんじゃ さんのコメント...

私も、この放送を見て、そうだと思いました。

その時々の状況の中で自分が潰れてしまわない様には注意はしながら、でも、色々な沢山の体験を、積極的に自分の意思で積めば積むほどに、物事を色々な切り口から見ることの出来る力を身に付けていけ、新しい事体に直面した時、想定外と言う反応でパニックって仕舞う事を少なく出来る様に成るし、この人の様に、新しい切り口を突きつけられた時に、あそこと此処とで連携して解明していけば解決策が見付るのではないかと言う、閃きが得られる力が身に付くようになるのでは無いかと思いました。

様々な苦労を、天を恨めしく思うように受け止めるか、色々な経験を自分にさせて貰えて嬉しいと受け止められるかで、未来が明るく開けて来るかの違いが出てくると考えました。
喜びを感じながら人間的な生き方が出るのではないでしょうか。


現在の社会情勢の要求のままに一直線に、効率よく社会的な評価の高い人生の立場を確立した場合、情勢が変化しない場合は、人生を高い評価のまま人生を全うすることが出来るかもしれないが、大きな情勢の変化がある場合、想定外の状態にパニックって判断行動を誤る可能性が高い。
まるで、ソフトが設定されたロボットの様に。

nanjamonja