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2025年12月29日月曜日

品川の安養院に行って参りました、、


以前、中園ミホさんのこちらの本↓



中園ミホ『強運習慣100 運をつかんで幸せになる』2023


を読んだことをブログに書きましたが、


彦兵衛のブログ:強運習慣を読んでみました、、 2025/12/14 


本の中に、品川にチベット密教のお寺があり、そこで水晶のガネーシャを購入した話が出ていました。


とても興味深かったので、先日、さっそく行って参りました ♪


ここは、正確に言うと安養院という品川にある天台宗のお寺で、


その地下にチベット密教の仏像などを集めて美術館として開放しているところです。


まずは、美術館を見学するために予約を入れる必要があり、私は平日の11時に予約を入れました。


当日、1時間ほど早く着いてしまったので、近くにある目黒不動尊を見学しました。








本殿をお参りしたあと、裏に回ると、驚くべきことに巨大な大日如来像が鎮座されていました。

なんとなく、写真をとることが憚られたため、撮っていませんが、

興味のある方は、

「目黒不動尊 大日如来」

で検索してみて下さい。


日本の密教は中期密教、チベットの密教は後期密教にあたり

これからチベット密教の仏さんたちに会いに行く前に、

日本の密教の最高仏にまみえることが出来たのは、
何か導きがあったような気がしました。。





目黒不動尊をあとにし、まだ時間があったので、
近くの森林公園を散策し、

11時15分前に、安養院につきました。


11時に拝観を許されたのは、私ともう一人、中年の女性の二人のようでした。

その女性は、いつも微笑むことを心がけているような方で

あぁ、いい表情をれさているな、、

運気のいい方なんだろうな~、、と感じました。


私が到着するとすぐに、起きたばかりのガウンのようなものをまとった

魔法使いのような雰囲気をもつおばさまが現れ、

住職の妻で、本日、案内をする者です、、

とのことでした。


地下に降り、鎮座されている仏像の一つひとつを丁寧に説明してくださいました。

初めの仏像の解説で、

宜保愛子さんてご存知ですか、、

こちらの仏像は、宜保さんが、テレビ局に行った後に、
自らを浄化するためによく触られていたものです、、

とのこと。

えー、宜保愛子さんもここに来てたんかいなー!

とちょっとビックリ。

その仏さんは、端正な品のいいお顔をされていて、

ぜひ触っていってください、、

とのことだったので、一礼して触れさせていただきました。


他のチベットの仏さんたちも、これかわいいでしょ、、

とかいった感じで結構触らせて頂きました。


奥の中央には、ダラムサーラから招いたラマが4人がかりで描いた砂曼荼羅もありました。

また、体験として、大きな金属のボウルの中に立って、そのボウルを打ち鳴らし、体を振動が抜けていく体験や、

横になって、左右にやはり金属のボウルを配置し、それを鳴らしてくれるというものもありました。

こちらは、目を閉じて聞いていると、宇宙空間をただよっているようなふわふわした不思議な感覚があり、とても気持ちよかったです。

以前、私はヘミシンクのCDを結構聞いていた時期がありましたが、それに近いものがあると感じました。


たくさんの仏像、タンカ(マンダラ)が飾られており、チベットの冬虫夏草の入ったお茶も頂き、いつの間にか2時間ほどが経っていました。


そして、最後にいよいよ、グッズの購入です♪

中園ミホさんが購入したという水晶のガネーシャさんも透明なものから、色のついたものまで、小さいものから大きいものと色々ありました。

透明な水晶のガネーシャさんは、小さいものは1万円前後のものがたくさん並べられてあり

色々見てみましたが、私的にはあまり造形が好みでなかったので、

買うのはやめーよー、、と

思ったのですが、

近くにアメジスト(紫水晶)で作られた少し大きめのガネーシャが並べられてあり、それに目が行きました。

アメジストの水晶のほうが透明のガネーシャさんより安いようで、

私は手にとって色々見比べた中で、

ア、これだ、、

と思うものを見つけ、購入させていただきました。

それがこちらになります↓





下に敷いてある石は、サービスでザラメを入れますから、、

と好きな石をチョイスすることができるようで

私は、本体と同じアメジストのザラメを入れて頂きました。

おばさまも、同じ色の方がかっこいいよね、、

とのこと。


実は、中園ミホさんの本の該当の箇所を読んだあとに、

後頭部の後ろあたりに、紫がかったガネーシャさんの像が思い浮かぶようになって、

磁石のようにひっぱられる感覚があったのです 。

今回購入させていただいたガネーシャさんが、まさにそのイメージぴったりのお方でした。

ザラメといっしょに普通に置くと、ザラメが散らばってこぼれてしまうので、写真のようにな小皿にいれて、パソコンの横に飾っています。


なんだか、部屋の空気が少し変わったと言うか、一段、周波数が上がったような感覚があり、気に入ってます。

また、美術館を見学させて頂き、なんだか体がすっとした、スッキリした感覚があり、

私は最初、チベット密教の仏像を見るだけで行ったつもりでしたが

あの場所自体がパワースポット、一種の聖地のようなかんじになっていて、

それに、シャーマンのようなおばさまの、リンギングボウルによる体験などもあわさって、

体と心が浄化された感覚がありました。

あ~、なんか不思議な時間だったな、、

というのが感想です。


そのシャーマンのような住職の奥様は、最近転倒して、鎖骨と肋骨を折られたとのことで、とても痛々しかったのですが、

そんな状況の中でも、仏像の一つ一つを丁寧に説明くださり、リンギングボウルの体験をさせて頂けたことに感謝です。


また、何か興味のあることが出てきたら、
なるべくすぐに体験しに出かけようと思っています。


タイトル:品川の安養院に行って参りました、、


でありました。


<(_ _)>


おまけ、、

最近、こちらの本を図書館で借りて読んでいます↓







こちらの本は、斎藤一人さんが本の中で、いい本だからぜひ読むといい、として紹介していた本です。


一人さんが本を紹介するのはあまりないのですが、いいものは自分に関係なくとも紹介するのがいいと仰っていました。


ドミノを止めないのが大切だと。。


なんのことかというと、一人さんの教えを聞いて、実践して、あー素晴らしい、、と思ったら、それを人に教えてあげな、、ということです。


無関心というのは、よくないよ、そんなことをしていたら地獄に落ちるよ、、と(笑)。


自分が良かったなら、ちゃんと人にも教えてあげな、、と。そういった文脈の中で、こちらの本を良書だからと紹介されていました。


著者の安保徹さんの本は、以前、何冊か読んでいた時期もあり、


あー、そうだよな、、


と思ったことがある本でありましたが、


久しぶりに安保徹さんの本を読んで、


あー、まったくその通りだな、ものごとの根本をしっかり捉えているよな、、


と改めて感じました。


要は、笑い、体を温める、食事、が大切だということのようです。


興味のある方は、ぜひ読んでみると、色々参考になるかと思います。


( ̄ー ̄)b



今年は、これが最後になると思います。


一年間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

感謝しています。


また来年も一年、どうぞよろしくお願いいたします。



<(_ _)>



2023年1月3日火曜日

買ってよかったものベスト5 ♪ ≪ 第3位 ≫


第三位 レザーウッドハニー 


180g  1881円



無類のハチミツ好き彦兵衛は、色々な種類のハチミツを常備し、その日の気分でパンにつけ食しています。

(毎日ではありませんが、、。

食べるときは、2種類のハチミツをパンの半分ずつに塗って違いを楽しみながら食すのが彦兵衛流です(笑))


国内にしろ、海外にしろ、旅先でハチミツを見かけたら、ほぼ確実にゲットしてきます。


同じ日本国内でも全く味が異なり、また花の種類や季節によりテイストが異なるので、興味が尽きません。


時々、ネットで外国のハチミツも、これは!と思うものは買うのですが、

このレザーウッドハニーは大当たりでした!


これはオーストラリアのタスマニア島のレザーウッドという樹から採れる希少なハチミツで、養蜂が許可されているのも数軒だけというもののようです。


抗菌作用が高く、その芳醇な香りから知る人ぞ知るハチミツのようです。


去年、初めてアマゾンでこちらを購入してみたのですが、花の香りが濃厚でエレガントなハチミツでした。


私はだいたいハチミツの価格としては、

1g-1円 安いハチミツ(中国産とか)

1g-3~5円 (国産・海外のリーズナブルなもの)

1g-8~10円(高級品)

という目安で考えています。


このレザーウッドハニは、1g-10円の高い部類に属しますが、それに見合うテイストだったので、大満足でした。


因みに、他に普段使いしている海外のハチミツをご紹介しますと、、


Balim ブラックフォレストハニー 1kg 3283円

(ドイツ シュヴァルツバルトの森で採れたコクのある蜂蜜)



Balim ブロッサムハニー 1kg 2831円 

(同じくドイツ減産の百花蜜、華やかさとコクをあわせもつ)



Mielizia(ミエリツィア) イタリア産オレンジの有機ハチミツ(純粋) 400g 1453円

柑橘系の香り高いハチミツ



Mielizia ( ミエリツィア ) イタリア産 栗の 有機 ハチミツ ( 純粋 ) 400g ( 100% オーガニック 非加熱 ) 1個 栗1545円   

栗からとれた渋めのハチミツ

ギリシアのお土産で買って以来、ハマっている



カピラーノ アクティブマヌカハニー MG30+ (逆さボトル)340g 1295円


マヌカハニーは薬のような作用をもち、お値段が高めのものが多いですが、こちらはお手頃な価格で、キャラメルのような味も良い


いずれも、1g-3-4円程とお手頃価格で

味もいいので気に入っています。


いずれもアマゾンの定期購入が利用できるので、

5~15%offほどで購入しています。


これらのハチミツはお金を払えば食べられますが、私の中で強烈な印象として残っている幻のハチミツが二つあります。


一つは、京都の里山で食べた日本蜜蜂のハチミツで、これはもう本当に極上で、これ以上はないだろう、と言うぐらいの花の香りと濃厚さでした。


もう一つは、インドのダラムサーラに住んでいた頃、商店の中にあるムスリムのおじさんがやっていた店で売っていた、おじさん曰く、インドのジャングルの中で採れた蜂蜜でした。(笑)


これは1年に一回、わずかしか入荷せず、その味たるや、インドカレーのスパイスを思わせるような深淵な深みと濃厚な甘さがあり、インドはやっぱ凄いな~、、と思わされた食品の一つでした。


こんな高級なハチミツなんだから、それなりの容器に入れればいいと思うのですが、なんだか使い古したプラスチックの容器に入れて売っていて、これもなんだかインドらしくていいなあ~と感じたものです。


私は、その店の近くに行くたびに、おじさん、あの蜂蜜入った?と聞いていましたが、本当に季節限定でわずかしか入らないもののようで、年によっては採れないこともあるようでした。


後年、あるテレビ番組で、インドの山奥で崖に登って蜂蜜を取る人たちのドキュメンタリーを見て、ああ、これだ!と思わうず叫んでしまいました。


高いところにある蜂蜜を本当に命がけで採っていて、あの蜂蜜を採るのはこんなに大変だったんだ~、、と感激したものです。


この二つは自分の中では特Aランクのハチミツで、いつか機会があったらまた食べてみたいなぁ~、と時に夢想する蜂蜜となっています。


もう一つ書いておくと、地元にくりはま花の国という植物をテーマにした公園があるのですが、ここで売っているハチミツが、極上なのです♪


先に紹介したレザーウッドハニーに勝るとも劣らぬ上品な花の香り漂うハチミツなのであります。


広大な公園内で季節ごとに咲く花からミツバチが採集してくる蜂蜜だからなのでしょう。


花の国自体は、無料で入れるので、私はいつも入場料のつもりでこの蜂蜜を購入しています。1g-10円クラスと高めなので、あまり頻繁には買いませんが、、。贈り物としてもたいへん喜ばれます。


ということで、、ハチミツの話を書いていたらついつい熱くなり長くなってしまいました。。


第二位以降は、また次回、ということで、、。


<(_ _)>


2019年3月31日日曜日

輪廻の少年 ~NHK ドキュランドより



先日、NHKのドキュランドへようこそという番組で、


輪廻の少年

というドキュメンタリーを観ました。

ドキュランドへ ようこそ!「輪廻(りんね)の少年」


インドのラダック地方にある少年が生まれます。






彼は大きくなるにつれて、自分はチベット、カム地方にいたある僧侶だったことを語り出します。



実際に、カム地方のその僧院に、そのようなラマがいたことが確認されます。

ただしチベットは中国に占領されているため、自由に行き来することができません。

そこで、その少年は転生仏=リンポチェとして、ラダックの僧院に託されます。

しかし、そのラダックの僧院では、いつまで経ってもカム地方から迎えが来ないということで、その少年僧はやがて追放されてしまうのです。

世話役のような年老いた僧侶がいて、彼はチベット医なのですが、その年老いたチベット医のラマが、追放されたそのリンポチェの世話をします。








その様子がとても心温まる映像なのですが、

やがて、その年老いたラマは、リンポチェはもっと高度な教育を受けて、立派な僧侶にならなければならない、と少年僧と一緒にチベットを目指して旅に出ます。

ヒッチハイクを繰り返し、なけなしのお金を使って、なんとかチベット国境付近の雪山にやってきます。





そんな僧衣で雪山を越えるのか、、というほどの軽装備で雪山を歩いていくのですが、結局山は越えられず、峠で、法螺貝を吹き始めます。

法螺貝は遠くまで音が響き渡る。これを聞いた、リンポチェのかつての弟子たちが、あなたを迎えに来るかもしれない、、と。

しかしその音はチベットに届くことはなく、山を下りることになります。


最終的に、リンポチェは、チベット国境近くのある僧院で、教育を受けることができるようになりました。

少年は、15年くらいたてば、立派な僧侶になるよ、と、その付き添いの年老いたラマにいいます。

年老いたラマは、元いたラダックの村に戻らなければならないので、リンポチェとはそこでお別れとなります。

リンポチェも、年老いたラマ僧も、涙を流し、泣きながら別れていく、、

と、こういうドキュメンタリーでした。


色々と考えさせられました。

私もラダックは訪れたことがあり、色々な僧院を訪ね、そこでリンポチェと呼ばれる小さな僧侶たちを見てきました。

ダライラマを初め、チベット仏教では、リンポチェと呼ばれる、かつての高僧の生まれ変わりを認める制度があります。

その認定にあたっては、本当にかつてのその高僧だったかどうかの試験があるようなのですが、仮に本当に、かつての高僧が輪廻して生まれかわっているとして、

また初めから仏教の教義を10何年も勉強しなければならないのか、、ということに疑問を感じました。

もし、その高僧がすでにある一定の心のレベルに達しているなら、生まれた先のその土地で、そのまま平安の境地に住しつつ、自分なりの方法で人を教化していくということができないのだろうか、、。

もし、そういうことができないのであれば、何のための、転生をする技術なのだろうか、と思うのです。人の関心を得るため、リンポチェとしての地位に甘んじたいがため?

チベット仏教では、迷い苦しむ人が救うために、何度も偉いお坊さんが転生し続けるということですが、

それも、もしかすると一種の囚われではないのか、、、などと、感じました。

仮に、死後も意識を保って、本当に転生する技術が確立されているとしても、

それ自体が実はとても不自然なことで、実際の所、本人は迷いにはまり込んでしまっている、

ということはないのだろうか。



私も、インドのチベット亡命政府があるダラムサーラではチベット語を学びつつ、ラダックなどのチベット文化圏を訪れました。

チベット仏教の大人の僧侶の方々には、思っていたほど清らかなもの、聖なる雰囲気を感じる方は少なく、むしろ、高邁さを感じることが少なくなかったし、

逆に小僧や青年僧たちのほうが、シンプルで親しみを持てる気がしました。

そうか、あまりこういう極端な世界にいても、真の心の修業というのは成り立たないのかもしれないな、ということをなんとなく感じました。

またリンポチェと呼ばれるような、無条件で崇拝されるような人たちに対しても、ちょっと距離を置いてみた方がいいように思います。


私はいまだに、毎日瞑想をして、朝夕と仏像に線香をあげたりしていて、それが自分にとってすごく普通で自然なのですが、

周りをみるとやはり自分の行動というのは、あまり普通ではない、というか奇異であるように感じます(笑)。


今回の映像をみていて、とても馴染みのある感覚が湧いてきて、

ああ、かつて自分もこんな生活をしていた、、と遠い昔の記憶に触れられそうな気がしました。

物質には慣性の法則がはたらきますが、人間の意識も、同じことを繰り返すはたらきがあります。

仏教では、それを熏習(くんじゅう)と呼びます。

香水を入れていた瓶は、香水がなくなっても、その香りを残しているように、

意識はかつてしていた行動の名残を、無意識のうちに繰り返すようです。


自分もどこかの人生で、僧侶として、かなり極端な生活をしていたような気がして、

今回、このドキュメンタリーを見たことで、そのときの感覚が触発された気がしました。

なんといって表現していいのか分かりませんが、懐かしいというか、切ないというか、それでいて充実しているような、それらの気分がミックスした感覚が湧いてきて、なんとも言えない気分になりました。


輪廻というものを考えると、一つの家族でも、かつての子供が親を育てていたり、

かつての弟子が、先生を育てていたり、

またまったく別の文化圏の人たちが集う、なんてこともあるのかなと思います。

子どもに対して、親がいて、男に対して女がいて、など

人は、それぞれの立場にいて、それぞれの役を演じているだけなのですが、

その役が自分である、と思い込んでしまうことに、色々な悲喜こもごもがあるような気がします。

本当の自分というのは、本来、そういう役、型にはまらない、もっと自由な存在であるようにおもいますが、

僧侶も含め、それに気づき、そこにいたり、自由の境地に遊ぶ、というのはナカナカ難しいことなのだろうな、、

などと、今回のドキュメンタリーを見て、色々と考えさせられました。


まだオンデマンドではやっているようなので、興味のある方は、ぜひ見てみてください。

輪廻の少年をみての感想でした。


おしまい


2017年8月17日木曜日

天界のしらべ ~ウインドベル




インドのダラムサーラにいた時、あるチベット寺院を訪れると、

風に合わせて得も言われぬ不思議な音が奏でられていました。

なんだ、なんだこのメロディーは、、

とあたりをキョロキョロ見渡すと、

その寺院の屋根の下にウインドベルがつりさげられていました。

日本流にいうなら風鈴ですが、単音ではなく、

いくつものパイプが釣り下がっていて、

風に合わせて不思議なメロディーが奏でられるんですよね。。

うわー、いいなー、、

と思って、寺院をあとにしました。


それ以来、心の片隅にあのウインドベルのことがずっとあったのですが、

ホームセンターなどにいっても意外と見ることがないんですよね。


で、最近になってふとネットで検索してみると、

ウインドベル、或いはウインドチャイム

としてちゃんと売っているんですよね。


そしてしっかりしたサイトでは全品視聴できる所があり、

色々と試し聞きしてみました。
すべて聞いた中で、いくつかいいのがあったのですが、

おー、これだよ、これこれ、この音、

というのがひとつありました。

それがコチラ↓
妙なるしらべとでもいうのでしょうか、心地よい天上の響きという感じです。

他にいいと思ったのは、バリでしたが、

最終的グラデュエーションMが一番自分のフィーリングにあうと思いました。


さっそく購入し、玄関のドアの内側に掛けました。

思ったより少し大きめですが、これがバッチグー!

ドアを開閉するたびに、不思議なメロディーが奏でられてサイコーなのであります。。

たまらなく良いです。


これを普通に外に下げていたら、風によって常に鳴って

かなり近所迷惑かもしれませんが、、。

いやー、たまらなく良いです。


興味のある方は、色々視聴してみてください。

そして自分ならこれだ!

というものを見つけてみてください。

音って面白いですね。



おしまい






2012年10月13日土曜日

町内会の班長



今年度から私は町内会の班長をやっています。

年度初めには、町内会費の徴収や赤十字の寄付金集めなどがあり、

普段は、回覧版や各戸に町内会のお知らせの配布などの仕事があります。

10月に入って、赤い羽根募金始まり、また町内会の家を一軒ずつまわっています。

お金を徴収してまわっているのに、

あら~、スミマセン、有難うございます、御苦労さまです、

などと各家庭ごとにお礼を言われてしまいます。

町内会の方々は、長年この町内会に住んでいる方が多く、その多くはリタイアされていて、ご高齢の家庭も多いようです。

班長の仕事がたいへんなのは皆さん充分御承知のようで、

若いのに(?)、すみませんね~、

お仕事あるのに大変でしょ~

などと言って頂いて、

ホントはこんな仕事はかったるくて、疲れると思うのですが、

町内をまわって一仕事(?)してくると、なんだか元気になってるんですよね、ホント。

感謝のシャワーを浴びるというか。とにかく心地いいのです。

人は、相手に感謝の気持ちをもっているとき、白い光を相手に放射しているような気がします。

その気をうけて元気になるような気がするんですね。


町内会のあるお宅には、88歳になるおばあさんが一人で住んでおられるのですが、

頭がとてもはっきりしていて、普通の60代のおばさんと話しているように、打てば響くというか、会話がどんどん弾むんですね。

スゴイ方です。ただ、体はだいぶ弱っているとおっしゃっていましたが。

話しの内容は、近所のことやら、お金はどう使うのがいいとか、その方の長年の体験談などが聞けて面白いのです。

私は近所のどこの歯医者がいいとか、色々と有用な近隣情報が得られてとても為になりました。

最初は町内会の仕事なんかめんどっちぃなぁーと思っていたのですが、やってみると意外と楽しいものです。



さて、私は家の前の砂利の所に、ふとんを広げて干しているのですが、どうやら近所のひとによく見られているようで、

あ、あすこの砂利の上に布団干してる所でしょ、まめね~

などと、褒められてるのか、けなされてるのか(笑)、

とにかく、近所では「砂利の上に布団を干しているひと」と認識されているようです(笑)。町内会をまわってかなりの人からいわれました。


先日のこと、職場にひょんなことから近所の自営業の方がいらっしゃっていて、

私は先方をまったく存知あげてなかったのですが、向こうからニコニコして、

あら~、あなた、よく自転車乗ってるでしょ、

と話しかけてこられたのです。

うち、近所なのよ、あの公園の向かいの、、、

と。ああ~、あそこですか~

といういうと、

あなた、あそこでしょ。砂利の上に布団干しているところの、

と。私は、そうなんです~、と思わず笑ってしまいました。

その方は、町内会の他の斑の方なのですが、どうやら他の班でも

「砂利の上に布団を干しているひと」

として知られているようなのです(笑)。


私は一気に布団の片面全部を日に干せること、

砂利の上なら土の上でないので汚れがつくこともないと、あまり気にせず布団を干しちゃうのですが、

ふつうの日本人の感覚だと、奇異に映るようなのです。

でもこれはキレイ、汚いという問題ではなく、ある意味思い込みの問題なんですね。


たとえば文化人類学では、けがれというテーマがあります。

ジプシーの人たちは、ハリネズミをキレイな動物、ネコを不浄な動物とするのですが、

それは体外と体内の境界をはっきりさせているからなのだそうです。

つまり、ネコは毛づくろいなどで舌で自分の毛をぺろぺろなめますが、ハリネズミはそのようなことをしません。

一見、ネコが不浄でハリネズミはキレイな動物などという見方は、奇異に感じがしますが、

どうしてそう考えるのかを理解すれば、自分達の文化においても、形は違え、おなじような捉え方をしていることがわかります。

たとえば、日本では、玄関で靴を脱いで、外と内を厳格に区別します。その境界を越えるのは不浄ということになります。

また、床とテーブルの上では厳密には細菌の数は変わりませんが、床の方が汚いと思ってますよね。

また体をふくタオルと食器をふくタオルが一緒というのに抵抗感を感じるひとは多いでしょう。(ジプシーの人にとってはタブーです。)

このように、それぞれの文化には、独自の境界線があり、それを侵すことは、その文化で汚いこと、けがれであり、タブーなのです。

私はインドをはじめとする先進国ではない国に長く滞在していたことがあるせいか、あまりそこら辺の境界に関して、おおらかなようなんですよね。

私が、砂利の上で布団を干している、といわれて改めて思いだしたのは、

ダラムサーラで、チベットのお坊さんが、川で赤い袈裟を洗って、河原の石の上で干している風景でした。

チベット絨毯なんかも、平気で地面において干していたりするので、私自身やっていることに全然違和感がなかったのですが、

いつの間にかちょっと日本人の感覚とは違う事をやっていたようです。


文化人類学というのは、自分達とはちがう分化において一見違うこと、奇妙に思える現象も、

それを成り立たせている原理を見極めることで、自分達の文化の延長として理解しようとするものです。

まず違いを認識して、その根底にあるものを理解する事で、自分たちも形は違え同じような原理によって生活しているんだ、と気づくことにあります。

まずは、相手が(表面的には)違っているという前提にたってはじめること、この感覚はとても大事です。


本当は、外交というものこそ、互いの違いを認識したうえで、それを尊重しつつ、お互いに了解を得ていこうとするものだと思うのですが、

いまの日本の外交を見ていると(他国も同じかも知れませんが)、自分と同じ考えでいることを盲目的な前提として話しを始めてしまっているから、話しがまったく噛み合っていず、

単に感情が先走ってしまっている状況にあります。

文化人類学の知見などは、本当は若いうちに身につけておくべき素養だと私はおもっているのですが、

今の政治を動かしているひとたちに、ほとんどこのような知見を感じられないのはまったく残念というか嘆かわしいとしかいいようがありません。

少なくとも、自分の身近な所、身の回りにおいて、相手を理解しようとする意識をもって生きていきたいなぁと思うのであります。


町内会の話しから、ちょっと脱線した話しになってしまいました。



おしまい






2011年2月11日金曜日

「脳」を変える「心」 by ダライ・ラマ



いま私が読んでる本がコレです↓




「脳」を変える「心」
シャロン・ペグリー (著), 茂木健一郎 (翻訳) (2010/11/5)




これは、ダライ・ラマさんが世界の最先端を行く科学者たちを自邸に招き、

仏教と科学に関して対談してきたことの一部を本にまとめたものです。





本書の中で、ダライ・ラマさん自身、

たとえ経典に書かれていることであっても、科学によって間違いであると証明されれば、

それは捨て去られねばならない
と、楽しげに話している様子などが描かれていて、

ダライラマさんはさすがだなと思わされました。


仏教と科学について↓





仏教が目指すのは信ではなく、洞察↓






仏教と科学の交流の必要性↓






月の話し↓






利他の心をもって科学のもたらすものを導入する↓






当ブログに前にも書いたように、私はダラムサラに住んでいたことがありますが、

私がダラムサラにいた頃から、

この様な世界の一流の科学者との対話、

―≪ 智のサミット≫―

のようなものがダラムサラにある彼の自邸で定期的に行われていたんだ、

と思うと感慨深いものがあります。


しかし私自身は、チベット人や、その他の一部の人たちに見られるような

ダライ・ラマを無闇に崇拝する気持ちはまったくないし、

むしろそのようなあり方に疑問を感じます。


多くのチベット人は、家にダライ・ラマ氏の写真を飾って、

神の如く奉っていますが、どこかそれには違和感を感じるのです。


本来仏教は、一人ひとりの内にブッダが到ったのとと同じ境地(菩提心)があり、

そこに到るのが目標であるわけですが、

多くのチベット人がやっているのは、自分の内側に目をやるのではなく、

ダライラマにお祈りして、彼にすがって何がしかの御利益を得ようという感じを受けるのです。


また政治的、宗教的指導者であるダライラマ自身も、

多くのチベット人がそのようにしていることを容認しているように思え、

真の仏教者ならば、そのような偶像崇拝をするのではなく、

自らの心を見るにように注意を促し、

自分をアイドルとして奉っている風潮をたしなめ、

そのように己の注意が外側に向いてしまうことを、説法の方便として使うべきではないのか、、

などと私は思ってしまうのです。


これは私の未熟で浅い見解なのかもしれませんが、

チベット人社会の中に身を置いてみて感じた素直な意見でありました。


しかしそれとは別にして、

チベットという国は、中国人民"解放"軍によって1959年武力によって占領され、

チベット人が暴動を起こすと"内政干渉"として国際問題として扱われないというたいへんな状況の中、

インドに亡命して50年、非暴力を説き続けるダライ・ラマさんは、やはり偉いと思います。


話しが少し変わり、、、

私は最近中国に関するとても生々しい夢を見ました。

それは日本がちょうどチベットと同じような状況に置かれるようなものだったのですが、

それが普段見る夢と違ってあまりに生々しかったため、

目ざめたときにも、その嫌悪感が残っているほどでした。

そんなことが現実にならないといいなと思いつつ、

その夢を反芻していたのですが、

夢を思い返しつつ、私は前に読んだある臨死体験者の本を思い出していました。








彼、木内鶴彦氏立花隆氏の臨死体験の本にも取り上げられている人なのですが、





彼は、臨死体験時に未来の日本にいって、二つの世界を見たそうです。

一つはとても平和なもので、もう一つは、戦場で荒れ果てた光景だったそうです。

本を書いている時点で、今の世界は後者の世界に傾きつつあるのではないかと述べていた事を印象深く覚えてます。


そういうよくない世界が顕現しないように、

私達は普段の思考や会話、選挙など、

自分のできる身近な所から責任のある行動を心がけていきたいと思うのであります。

当ブログがそのための何がしかのヒントになれば幸いだなぁ~と常々思っているのであります。


おしまい




参考:

「脳」を変える「心」 もくじ↓








ダライ・ラマ 科学への旅―原子の中の宇宙 ダライラマ著 サンガ (2007/07)






ダライラマの著作

宇宙(そら)の記憶―彗星捜索家の臨死体験 木内 鶴彦 (単行本 - 1995/11)

生き方は星空が教えてくれる 木内 鶴彦 (単行本 - 2003/4)

証言・臨死体験 (文春文庫) 立花 隆 (文庫 - 2001/8)


彦兵衛のブログ:

ダラムサーラに関するもの
(当ブログ左上にある検索窓で「ダラムサーラ」で検索した結果)↓

http://mshiko.blogspot.com/search?q=%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%A9