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2009年4月24日金曜日

チベット医学~『ガンに効く生活』より



引き続き『ガンに効く生活』から心に残った箇所を引用したいと思います。

私はこの本の
第四章効果のある食べ物”から読み始めたのですが、出だしが

チベット亡命政府のダラムサーラ

での話から始まったことにとても驚きました。






ここにも書いてあるとおり、チベット人の間では、急性の疾患に対しては西洋医学が有効ですが、慢性病に対しては圧倒的にチベット医学が信頼されているようですね。

それもその筈、チベット医学は症状をなくせばいいという対症療法ではなく、

その人の思考や食習慣などの生活全般にわたる指導を行い、病が発生した原因そのものを改善し、病の根治を目指すからです。


チベットに関してはご存じの方も多いかと思いますが、「チベット」という独立国は現在存在しません。

1959年以降、中国の一部とされてしまっており、チベット人による反乱が起こると、内政問題として扱われる状態にあります。

指導者であるダライ・ラマ法王は20代のころ陸路ヒマラヤを越えインドに渡り、現在北インドのダラムサーラに亡命政府を構え、多くのチベット人もここに住んでいます。

実は私はチベット語を学ぶために一年間ダラムサーラに住んでいました。

(去年久しぶりに訪れて写真を撮ってきました。ベランダから見た景色を左から右へ連写しました↓)




住んでいたアパートから見えていた景色1
(市街地方面:pictures of Dharamsala, India)








住んでいたアパートから見えていた景色2
(向こうに万年雪を頂く山が見えていました)






住んでいたアパートから見えていた景色3

よく谷間をハゲタカが滑空していて、鳥は三次元の空間を移動しているんだなぁと実感しました。
嵐になると山の向こうからどす黒い雲がもくもくと湧いてきて、ものすごい雷が落ちました。





住んでいたアパートから見えていた景色4。

ダラムサーラはアッパーダラムサーラとロウワーダラムサーラからなっていますが、右下へ行くとロウワーダラムサーラにでます。チベット語を学んでいた学校も坂を下っていったところにありました。




景色のいい場所から下を眺めるとずっと大地が広がっていて、インドは大陸なんだなぁと実感しました。









チベット語を学んでいた建物。坂を下って行ったところの崖の下にありました






チベット語を学んでいた建物正面


私はこんな感じの町に住んでいたのですが、調子の悪いときは幾度となくチベット医のお世話になりました。


一番最初に訪れたのは、住み始めて数カ月してお腹を壊した時でした。何日も水のような便が続き、食欲もなく、私はひたすら寝ていました。

持ってきた正露丸を飲んではいたのですが、まったく効きません。

まるでお腹の中でインドの病原菌たちが、

ナニコレー、こんなんで俺たちを倒そうってか、ウケケケ、、、

とせせら笑っているようでした。かなしいほど効果がありません。


3日が過ぎ、げんなりしたまま症状に改善が見られなかったので、重い体を引きづりながら、どうにでもなれという気持ちで、チベット医のところへ行きました。

病院に入ろうとしたところで、赤い僧服を身にまとった年配のお坊さんとすれ違ったのですが、彼がニコッとして、どうぞという感じで道を開けてくれたのですが、その動作とまなざしが病んだ体にとてもあたたかく感じられ、嬉しかったのを覚えています。

街中にはお坊さんがふつうに歩いています




部屋に入ると白衣を着たアムチ(チベット医学のお医者さん)がいました。私は椅子にすわり、症状を話すと、アムチは私の脈を三本の指でじっと診ます。

それで大体の症状がわかったのか、薬の処方箋をもらいました。

この治療費はいくらだろうか、、、とおそれつつ部屋を出て受付に行くと、診察料はタダだということでした。

必要なのは薬のお金だけで、それも数十ルピー〔数百円〕でした。

ええーー、そんなんでいいのぉーー?

私は身体的にも、精神的にも参っていたので、このシステムには涙が出るほどうれしかったです。

病によって体も心も弱っている人が高額なお金を払わなければならないというのはたいへんな重荷ですが、チベットの社会は弱者にやさしいなぁと感じました。

さすが仏教の教えが日常生活に生かされている素晴らしい社会だなと感じました。


出口には、ドーネーションBOXという寄付金入れが置いてあったので、私はそこに100ルピー札を数枚(それでも5、6百円ぐらいですが、、)を入れたように思います。

頂いたチベットの丸薬をその晩お湯と一緒に飲みました。そして一日寝ると、なんと翌日には体調が回復していたのです。

スゲー、チベット医学すげーよ!

私はこの時以来、体調を崩すと必ずチベット医のところに行きました。そして頂いた丸薬を飲むと必ずなおったのです。

この丸薬は日本の漢方薬のように、さまざまな薬草を調合したもので、噛むと独特の香草の香りがします。

いまでもチベットのハーブティーを飲むと、その時の味がよみがえってきて気力が充実してくる感じがするのです。

(たまにはお店の宣伝。下の写真をクリックすると、お店の商品情報へとリンクします。)






ついでなので、ここでダラムサーラで撮ってきた写真を載せておきます。



アパートの大家さんのおじさんとおばさん。真ん中は台湾からの留学生でチベット語を学んでいるそうです。



眺めのいい所からは、雪山がよく見えました。今回訪れた時は、日の出とともに屋上に出て、こんな景色を見ながらチベット体操をしていました。

お香の香りがどこからともなく漂ってきて、お坊さんの読経が聞こえてきます。ああ俺はダラムサーラが好きだな、とこのときほど強く思った事はありません。

精神的な教えと経済活動とがうまく組み合わさった人にやさしい町ってどうやったら実現できるのかなとつくづく思います。




「あっちいくの?」
ダラムサーラには野生の猿がたくさんいました。一度部屋を開けっ放しにしていたら、猿が入り込んで、リンゴを持って行かれました。





ダライ・ラマの寺院へ行く途中でとった牛さんです。夕方になるとチベットの人たちは寺院のまわりを時計回りにぐるぐる回るのです。いい運動になるなぁと思いました。





優雅ですなぁ。この写真をとっていたら、やはり寺院をまわりにきたチベット人のおばあちゃんが、「パンダ・カウ」(パンダ柄の牛)といって笑って背中をたたいてきました。私も「ぱんだ・かう、パンダ・カウ」といって、つられて大笑いしてしまいました。





これは私が住んでいたアパートがたっていたあたりです。どこかの建物がそうですが、よくわかりません。このようにダラムサーラは山の斜面にへばりつくように存在しています。






たまに町から歩いて45分ぐらいのところにある滝にピクニックに来ました。川の岩場でお坊さんが僧衣を洗って干していたりしていて、のどかな景色でした。







滝といっても小さなものですが、近づくととても涼しくてつい長居してしまいました。





チベット寺院のひとつ。






ダラムサーラにはこんな感じの寺院があちこちにあります。

写真を見ていたらまた強烈に行きたくなってしまいました。

今回はここらへんでおしまい。














おまけ

これはロウワーダラムサーラのバス・ステーションでの一枚。
この床屋は営業許可とか取っているのだろうか。私はこのようなインド人の生活力の強さが好きですね。いいなぁー。



参考:チベット関係のお薦め本〔一部〕

≪チベット医学関係≫

チベットの精神医学 チベット仏教の概観』テリー・クリフォード著/中川和也 訳 春秋社 1993

チベット医学入門 ホリスティック医学の見地から』トム・ダマー 春秋社 1991

明るいチベット医学』 大工原弥太郎 情報センター出版局 1988

チベット医学:身体のとらえ方と診断・治療』 イェシェー・ドゥンデン著 三浦順子訳地湧社 2001

ダライ・ラマ14世の主治医が語る心とからだの書』 ロプサン・ワンギェル 法研 1995


≪チベット仏教・哲学≫

タントラ - 狂気の智慧』チョギャム・トゥルンパ めるくまーる 1983

タントラへの道 -精神の物質主義を絶ち切って』 チョギャム・トゥルンパ めるくまーる 1981

チベットに生まれて』 チョギャム・トゥルンパ 人文書院 1989

心の迷妄を断つ智慧:チベット密教の真髄』チュギャム・トゥルンパ/宮坂宥洪 春秋社 2002


智慧の女たち:チベット女性覚者の評伝』 ツルティム・アリオーネ 三浦順子訳 春秋社 1992

虹と水晶 チベット密教の瞑想修行』 ナムカイ・ノルブ/永沢哲 訳 法蔵館 1992

ゾクチェンの教え チベットが伝承した覚醒の道』 ナムカイ・ノルブ/永沢哲 訳 地湧社 1994

チベットの瞑想法』 ナムカイ・ノルブ/永沢哲 訳 法蔵館 2000

夢の修行 チベット密教の叡智』 ナムカイ・ノルブ/永沢哲 訳 法蔵館 2000

叡智の鏡:チベット密教・ゾクチェン入門』 ナムカイ・ノルブ/永沢哲 訳 大法輪閣 2002

ゾクチェン入門』 ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ 春秋社 2003

チベット死者の書:仏典に秘められた死と転生』 河邑厚徳/林由香里 日本放送出版協会 1993

原典訳 チベットの死者の書』川崎信定 訳 筑摩書房 1989

『【ゲルク版】チベット死者の書』 平岡 宏一 訳 学研 1997


≪チベット体操≫

若さの泉:5つのチベット体操』 ピーター・ケルダー 渡部昭子訳 河出書房新社 1993

奇跡のアンチエイジング・エクササイズチベット体操&アーユルヴェーダ・ヨーガ』 西川眞知子 PHP研究所 2005

魔法のチベット体操-ヨガの原型(ルーツ)-』 岡本羽加 主婦の友社 2005

2009年6月27日土曜日

想念のパターン



昆虫などを見ていると、彼らは自ら考えて行動しているのか、

それとも単なる刺激に対する反射なのか、

どちらなのだろうと思うことがあります。

おそらく下等な動物になるほど反射の要素が強く、

人間の方に行くに従って、自由意思によって判断し行動しているものと思われます。


生命とはいったいなんなのでしょう?

生命と非生命を区別するのは実は意外と難しくて、

そのボーダーあたりには、生命とも非生命ともいえないものがたくさん存在しています。

思うに、生命というのは濃度みたいなもので、

ある意味ではすべては生命に満ち溢れているといえるのかもしれません。

インドの言葉に次のようなものがあります。

神は鉱物の中で眠り、植物の中で目覚め、

動物の中で歩きまわり、人の中で思考する、、、


こう見てみると、思考するというのは人間を人間たらしめている特徴なのかもしれません。


しかし人間も、自分自身を観察しているよくわかるのですが、ちゃんと考えているようでいて、

実は外的なイベントに対してかなり昆虫のような反射的な想念パターンで反応していることに気づくことがあります。


たとえば、前回書いたような、戦争の悲劇に対しては、悲しいという思いで無条件に反応し、

他のイベントに対しては、また別の型にはまった想念パターンで反応しています。


私が自らの想念パターンにとらわれていることに気づいたのは、

久しぶりにチベット語を学んでいたインドのダラムサーラ(Dharamsala)を訪れたときでした。

かつて訪れたときとは町の様子がだいぶ変わり

友達になった同年代のチベット人の友人たちは、みなヨーロッパやアメリカに行ってしまって誰一人会うことはできませんでした

あー、私がいない間にすっかりかわってしまったなぁ~

私はダラムサーラの坂道を登りながら、気が滅入ってきて、足取りが急に重く感じられました。

しかしそこで思ったのです。

変化するって悲しいことばかりか?なんでそんな落ち込む必要があるんだ?

変化するって有難いことでもあるのではないのか、変化するって楽しいこともあるではないか、、

と。

なぜ変わってしまったこと=悲しい、さびしいことと思う必要があるのか。

私はそこでかつて自分の師僧にいわれたことばを思い出しました。

どんな酷いこと、悲惨なことがあったとしても、まず


「あるがまますべてよし」


と言ってみるんだ。そうすると別の視点が見えてくる、、、と。


日本の真言密教において、森羅万象すべては大日如来のあらわれととらえますが、

このような尊格(ほとけさん)を専門用語では法身(ホッシン)といいます。

チベット仏教における法身は、普賢(サーマンタバドラ)で、

チベット語ではクンツサンポあるがまますべてよし、という意味です。

つまりあらゆる現象を「あるがまますべてよし」と観る視点は、如来の視点、悟りの視点なのです。

あれはいい、これはダメ、という心の作用は分別といいますが、仏教における目標は無分別の境地

すなわち、究極的にはすべては「あるがまますべてよし」なのであります。


ダラムサーラの町の変化に対して、私は悲しい、寂しいという反射的な想念パターンで反応し、

その結果自らの気分をブルーに落ち込ませましたが、

同じ外的な現象に対しても「あるがまますべてよし」という反応の仕方もあるのです。

そのことに気づいた私は、心の中で

「あるがまますべてよし」「あるがまますべてよし」

と心の中でいってみました。

すると町の変化、友人がここにいないことに対するポジティヴな側面が見えてきて、

必ずしも悲しいばかりではないなぁ、と明るい気持ちになり、視野が広がった気がしたのです。

そうか、日常のあらゆる場面で、私は似たような決まりきった反応の仕方をして、自らを限定していたのかもしれないなぁと気づくようになりました。


心の中で「あるがまますべてよし」といってみると、

それまでに気付かなかった物事の両面が見えるようになります。

あらゆることには必ず両面があります。

いいことばかり、悪いことばかりということはなくて、ものごとには必ず両面をもっています。

たとえば、病気になって熱がでるのは苦しくて嫌なものですが、これは実はとてもありがたいことなのです。

熱がでるのは生体の酵素の活動がもっとも働けるような最適温度に体をもっていって、

病原菌を退治するためであるので、熱が出ること自体は人体にとってはプラスなのであります(高すぎると脳細胞がダメージを受けますが)。

また病気になること自体も、つらいことではありますが、それによって体の免疫機能がアップするという作用があります。

このように、一見悪いことのように思うる事でも、必ずそこにはポジティヴな面があるのです。

だから、とりあえず「あるがまますべてよし」といってみると、今まで焦点をあててこなかった、そのものごとに関するポジティヴな側面が見えてくるのです。

そういうことに気づきだすと、一見いやなことに思えることも、それもいいことなのかもしれないそれも必要なことなのかもしれない、と思えるようになるのです。

先日のラジオ英会話「5分間トレーニング」の今日のメッセージで、

Mistakes are part of learning.

ということを言っていました。

とてもいい言葉だなぁと思いました。

一見間違っているように思える事も、大きな視点からみると、それもまたよしということになのだと思います。


人は、ある感情に浸りたいがために、外的な事柄を無意識のうちにひきよせるということがあるようです。

昔、アニメの銀河鉄道999の中で次のような話がありました。

ある惑星の住人は、永遠の命を得てしまって、人が死ななくなったために悲しむということがなくなったので、

その惑星に来た旅行者を殺して、葬式をして悲しみを味わう、、というものでした。

アニメだとへんてこな惑星だなぁと思うだけですが、これに近いことを人はかなり頻繁にやっているのかもしれない、、と思うことがあります。

心理療法の世界では、たとえば人がトラウマになるのは、何か原因となるイベントがあって、それによってトラウマになるという見方のほかに、

人がトラウマの状態になるために、外的なストーリを利用しているのではないかという説がありますが、この発想の転換は卓見であるように思います。


少し論点がずれましたが、

自分が浸りたいとおもっている感情のために、本当はもっと選択の余地があるのにもかかわらず、

自らをせまく規定するような反応の仕方をしてしまっていることがあるのではないか、と思うのです。

そのとらわれに気づくために、あらゆる場面において「あるがまますべてよし」と言ってみるのがかなり有効なのではないかと思うのです。


前に何かのこばなしで、「ありがたや八兵衛」だったか、そんな登場人物の話しを耳にしたことがあります。

この人は、とにかく何があっても、「有難い、有難い」というのだそうで、それによって何か面白いはなしが展開していったように思うのですが、詳細は忘れました。

このありがたや八兵衛のように「あるがまますべてよし」という代わりに、どんなことに対しても

有難い、有難い

ととりあえず言ってみるのもいいなぁと思うのです。私がやると「有難や彦兵衛」ですね。


スピリチュアルな世界には、波長の法則というのがあり、

同じような波長のもの同士は引き合うのだそうです。

だからいつも悲しい想いにとらわれている人がいたら、やはりそういう人同士が集まりやすいし、

また明るい人には、明るい人が集まってくるということが起こるそうなのです。

伊勢ー白山 道さん

が言うには、霊の世界にはより強烈に波長の法則が働いているので、神社などでも願かけなどはしない方がいいとアドバイスしています。

つまり、何かをしてください、してください、という想念は、そういう何かをして欲しいという存在をひきつけるのに対して、

ただ生きていること、生かされていることに感謝するだけにすると、そのように何かを与えようとする存在と引き合うのだそうです。

これは私たちが思っているのと逆で面白いなぁと思うのですが、向こうの世界はこのような力が働いているようです。


だから、あらゆることに対して「有難い、有難い」と思ってみることは、楽しい人生を送る上で肝要なポイントなのかもしれません。

ただしあまり口に出すのではなく、心の中に留めておくのがいいかなと思います。

人が死んだところで、「有難い、有難い」では皆さんに白い目で見られてしまいますからね。。。


でもたぶん人が死ぬのも、そんなに「不幸」なことでもないかなと私は思います。


誕生のときには、あなたが泣き、
全世界は喜びに沸く。

死ぬときには、全世界が泣き、
あなたは喜びにあふれる。


三万年の死の教え―チベット『死者の書』の世界
中沢新一 角川書店 p.159より





2011年2月11日金曜日

「脳」を変える「心」 by ダライ・ラマ



いま私が読んでる本がコレです↓




「脳」を変える「心」
シャロン・ペグリー (著), 茂木健一郎 (翻訳) (2010/11/5)




これは、ダライ・ラマさんが世界の最先端を行く科学者たちを自邸に招き、

仏教と科学に関して対談してきたことの一部を本にまとめたものです。





本書の中で、ダライ・ラマさん自身、

たとえ経典に書かれていることであっても、科学によって間違いであると証明されれば、

それは捨て去られねばならない
と、楽しげに話している様子などが描かれていて、

ダライラマさんはさすがだなと思わされました。


仏教と科学について↓





仏教が目指すのは信ではなく、洞察↓






仏教と科学の交流の必要性↓






月の話し↓






利他の心をもって科学のもたらすものを導入する↓






当ブログに前にも書いたように、私はダラムサラに住んでいたことがありますが、

私がダラムサラにいた頃から、

この様な世界の一流の科学者との対話、

―≪ 智のサミット≫―

のようなものがダラムサラにある彼の自邸で定期的に行われていたんだ、

と思うと感慨深いものがあります。


しかし私自身は、チベット人や、その他の一部の人たちに見られるような

ダライ・ラマを無闇に崇拝する気持ちはまったくないし、

むしろそのようなあり方に疑問を感じます。


多くのチベット人は、家にダライ・ラマ氏の写真を飾って、

神の如く奉っていますが、どこかそれには違和感を感じるのです。


本来仏教は、一人ひとりの内にブッダが到ったのとと同じ境地(菩提心)があり、

そこに到るのが目標であるわけですが、

多くのチベット人がやっているのは、自分の内側に目をやるのではなく、

ダライラマにお祈りして、彼にすがって何がしかの御利益を得ようという感じを受けるのです。


また政治的、宗教的指導者であるダライラマ自身も、

多くのチベット人がそのようにしていることを容認しているように思え、

真の仏教者ならば、そのような偶像崇拝をするのではなく、

自らの心を見るにように注意を促し、

自分をアイドルとして奉っている風潮をたしなめ、

そのように己の注意が外側に向いてしまうことを、説法の方便として使うべきではないのか、、

などと私は思ってしまうのです。


これは私の未熟で浅い見解なのかもしれませんが、

チベット人社会の中に身を置いてみて感じた素直な意見でありました。


しかしそれとは別にして、

チベットという国は、中国人民"解放"軍によって1959年武力によって占領され、

チベット人が暴動を起こすと"内政干渉"として国際問題として扱われないというたいへんな状況の中、

インドに亡命して50年、非暴力を説き続けるダライ・ラマさんは、やはり偉いと思います。


話しが少し変わり、、、

私は最近中国に関するとても生々しい夢を見ました。

それは日本がちょうどチベットと同じような状況に置かれるようなものだったのですが、

それが普段見る夢と違ってあまりに生々しかったため、

目ざめたときにも、その嫌悪感が残っているほどでした。

そんなことが現実にならないといいなと思いつつ、

その夢を反芻していたのですが、

夢を思い返しつつ、私は前に読んだある臨死体験者の本を思い出していました。








彼、木内鶴彦氏立花隆氏の臨死体験の本にも取り上げられている人なのですが、





彼は、臨死体験時に未来の日本にいって、二つの世界を見たそうです。

一つはとても平和なもので、もう一つは、戦場で荒れ果てた光景だったそうです。

本を書いている時点で、今の世界は後者の世界に傾きつつあるのではないかと述べていた事を印象深く覚えてます。


そういうよくない世界が顕現しないように、

私達は普段の思考や会話、選挙など、

自分のできる身近な所から責任のある行動を心がけていきたいと思うのであります。

当ブログがそのための何がしかのヒントになれば幸いだなぁ~と常々思っているのであります。


おしまい




参考:

「脳」を変える「心」 もくじ↓








ダライ・ラマ 科学への旅―原子の中の宇宙 ダライラマ著 サンガ (2007/07)






ダライラマの著作

宇宙(そら)の記憶―彗星捜索家の臨死体験 木内 鶴彦 (単行本 - 1995/11)

生き方は星空が教えてくれる 木内 鶴彦 (単行本 - 2003/4)

証言・臨死体験 (文春文庫) 立花 隆 (文庫 - 2001/8)


彦兵衛のブログ:

ダラムサーラに関するもの
(当ブログ左上にある検索窓で「ダラムサーラ」で検索した結果)↓

http://mshiko.blogspot.com/search?q=%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%A9




2010年2月8日月曜日

Let's アラ探し!



私は魚はほとんど圧力鍋で調理します。

あの骨のごっついアジの干物なんかでも、10分も圧力鍋で調理すると、頭からしっぽまで全部美味しく頂けてしまいます。

ということで、スーパーの鮮魚コーナーではわざわざ骨のついているアラを探します。

安い、美味しい、ヘルシーの三拍子です。


よく置いてあるものとしては、シャケや真鯛ですが、

前から欲しいなぁ~と思っているブリってなかなか置いてないんですよねぇ。

でもブリを醤油・みりん・お酒に浸して大根と一緒に圧力鍋で煮ると、メチャクチャ美味しいブリ大根ができるので、

いつもスーパーの鮮魚コーナーに行った際は鵜の目鷹の目で探していました。


そんな折、先日買い物に行った際に、いつもと違うルートを通り、よく寄る八百屋のとなりの魚屋をのぞいてみました。

ここはいつも威勢のいいお兄さん方が、大きな声を張り上げて魚を売っているところです。

そういえば、前ここにアラが置いてあったような、、、

そんな記憶をたよりに久しぶりにお店に入ってみました。

すると、、、あるわ、あるわ、

ブリをはじめ、シャケやなんやと、白いトレーにあふれんばかり詰め込まれたのが、200円とかで売られていました。

よっしゃーー、これだよ、俺が待っていたのは!

ここぞとばかり、ブリをはじめ、何種類かの魚のアラをGET!

帰ってすぐのお昼は、さっそくシャケのアラを圧力鍋で柔らかくして、スパゲティーに投入。

うーーむ、うまい、うまい。

アラといっても、けっこう身が残っていて、しかも骨の周りの身は程よく脂が乗っていて実はとてもオイシイのであります。

残りは数回分に分けて冷凍庫に保存しました。


夜は当然ブリ大根!

材料をぶちこんで、ものの10分で出来てしまいました。

これまたウメーー。

これゃ圧力鍋を持っている人の特権だな、と頬を緩ませながら思ったのでありました。


もともと圧力鍋を使おうと思ったのは、ダラムサーラにいた時がきっかけでした。

標高が2500mほどだったか、お米は普通に炊けないので、どのチベット人の家庭でも圧力鍋〔プレッシャークッカー〕で調理していました。

そのときは私も当たり前に圧力鍋を使っていたのですが、日本に帰ってきてから、

アレ、別に地上だからって一気圧100℃で調理する必要ないんじゃないか?

とふと思ったのです。

圧力を逃がさなければ、効率よく調理できるし、これを地上で使わない手はない、という結論に至ったのです。


いまや、ほとんどの調理は、圧力鍋です。

最近は、圧力鍋にフリースをかぶせて、圧力鍋+シャトルシェフの機能を備えるようになりました。(プレッシャーシェフか?)

スパゲティーの麺をゆでるのは、いまはシャトルシェフを使って、1分の加熱+10分保温をしていますが、

もしかしたら麺をゆでるのも圧力鍋で超短時間で出来ちゃうんじゃないかと秘かに思っています。

(私が使っている麺は全粒粉の麺、米でいう玄米と同じなのでふつうの麺よりは多少時間がかかるのです)

そうすると、少ない水で調理できるので、シャトルシェフよりも短時間、省エネルギーで麺をゆでることが出来るのではないかと思うのです。

(実際圧力鍋の説明書には、マカロニの項目があったので、たぶん麺もイケル筈!)

今度スパゲティーを作るとき、ためしてみようと思っています。


ということで、この前買い物に行った時の教訓は、

餅は餅屋、魚は魚屋、

アラ探すなら、魚屋で!

でありました。


おしまい




2009年8月30日日曜日

エコな調理器具



前回紹介した湯豆腐の作り方は、火を止めて調理しているという点でエコな調理法でもあります。

ガッテンではその他にも、エコでかつ手を抜けておいしくなる調理法をいろいろと紹介していますが

対決!ガッテンVSエコ 極ウマ!手抜き調理術


もっとも有効なのは、普段からエコな調理器具を使う事だと思います。


①シャトルシェフ

シャトルシェフ は使っていて便利だなぁーと実感する調理器具です。





煮物など加熱した後、容器に入れて置いて放置しておくだけでできてしまうのです。

その他に、スパゲティーの麺や麦茶なども沸騰させてから容器に入れて置くだけで出来上がりです。

ホントこれはエコだし、手間がいらないから使い勝手があります。

今はカラフルなものも色々と出てるようですね。

実は、わざわざシャトルシェフを買わなくても、鍋を加熱後、毛布などにくるんでおけば、同じようなことができるのです。



②圧力なべ

これは主に玄米を炊くときに使ってますが、15分の加熱でご飯が炊けてしまうというのはナカナカ頼りになります。

他に魚をこれで調理すると、骨まで食べられるようになって、グッドです。

私は米と魚を一つの圧力なべで調理するので、手間が省けて助かってます。

前にここで書いたように、私は北インドのダラムサーラというところに住んでいたことがありましたが、

そこは標高2400mぐらいのところだったので、ごはんは圧力なべ(プレッシャー・クッカーといっていました)で焚いていました。

余談ですが、インドの米は1キロ100円前後でめちゃくちゃ安いのはいいのですが、たまに米に交じって小石が入っているのです。

洗う時によく注意していてもどうしても取りきれず(とくに白っぽい石)、ごはんを食べながらガリッとよく石を噛んでいました。

そういう点で、米に石が交じっていないということが当たり前の日本のコメはホント有難いです。


インドから帰ってきて、

そういえば、地表でも調理に圧力なべ使えば、時間の短縮とエネルギーの節約になるのでは、、、と思って導入しました。

昔は圧力なべというとかなりゴッツクて、重くて、危険、というイメージでしたが、

現在では色々と改良されていてとても使いやすくなっています。

私が使っているのは、

ワンダー・シェフ

というものですが、お手頃な値段で、安全がよく考慮されており、かつ軽くて使いやすいのが気に入って買いました。





ステンレスの真ん中にアルミの層を挟むことで、軽量化と耐久性の両方を実現させているという優れモノです。

これがドイツ製とかになると、無骨でオモイ、オモイ。

デザインはカッチョイイのもありますが、調理しながら上腕二頭筋鍛えてるのか!?ってぐらいの代物なので、日本人にはちょっと、、という感じです。


③ソーラー・クッカー

とでもいうのでしょうか。太陽熱調理機で、これは究極のエコ調理機器といえるでしょう。

太陽熱調理機

これはパラボラアンテナと同じ原理です。



二次曲線(放物線)を回転させてできた曲面は、軸に沿って入ってくるものを焦点の一点に反射させる性質がありますが、

その原理を利用して、反射面を金属の板などで加工し、曲面に太陽光を反射させ、一点に集光させるのです。

原理的には虫眼鏡の逆で、後ろで光を反射させ一点に集中させます。

これを初めてみたのは、ネパールのチベット寺院ででした。

僧院の庭で、赤い僧服をまとった年配のお坊さんが、パラボラアンテナのデカイやつのまえに大なべを置いて、ぐつぐつスープを煮ていたのです。

鍋を触らしてもらったところ、アツッ、となってしまいました。

沸騰しているということは、当然中は100度ですよね。

でも、ガスも電気もないので、つい太陽熱だけでそれほど熱くなるというのが実感がわかなかったんです。

でもこれって、超エコだな、、、と感じました。

晴れてさえいれば、お湯が沸かせるんだから。

チベット寺院とこのバカデカイパラボラアンテナの形をしたソーラークッカーが、

なんかとてもマッチしているようで、どこか未来の世界の一場面をみているような錯覚を覚えました。

原理は簡単なのでいつか自分でも作ってみたいなぁ~という想いはあるのですが、いまだ実現していません。

焦点が本当に一点になるようにするには、正確に二次曲線による曲面をつくる必要がありますが、

要はなべの大きさに集光すればいいので、直径10cmぐらいに光が集まるようにすればいいのではないかと思います。

これで、シャトルシェフや圧力なべを加熱すれば、超々エコロジカルクッキングになります。

いつか是非実現させてみたいと思っています。






ソーラー・スパーク・ライター
http://www.uside.net/lighter/


近未来の発電↓

http://gizmodo.com/5347119/what-is-this