私は昔から包丁を研ぐのが結構好きで、定期的によく研いでいました。包丁を研ぐと切れ味がよくなって、料理をしていて気持ちいいものです。
今は、だいたい週に一回、包丁を研ぐようにしているのですが、たまに忙しくて研げないことがあり、久しぶりに研ぐと、その後の一週間、毎日包丁を使うたびに、
おー、切れる、切れる、うひひ、、
といった感じで、気持ちよく食事の用意が出来ます。
ということで、包丁を研ぐことは、私に幸福感を与えてくれるので、週一回、週末に出来るだけ研ぐことを心がけています。
昔は砥石を出して、濡らしてシャコシャコと研いでいましたが、セッティングや後片付けが手間であるため、今は、セラミックの棒のタイプのものを使っています。
これだとさっと出してきてすぐに手軽に研げ、しかもかなりの良い切れ味となります。テレビを見ながらとかもできます。
仕上げがうまくいっているかは、自分の指にあてて、すっと指の皮になじむか試しています(笑)。
また、何かのテレビ番組で、刃物を作る職人さんの映像が流れている中で、仕上げとして紙やすりを使って仕上げている場面があり、
へ~、紙やすりを使うのもありなんだ~、、
と、一時は、刃物に錆がついたりしたときは200番くらいの耐水の紙やすりを使っていましたが、
ある時、ホームセンターに行ったときに、刃物専用の食器洗いのスポンジのような形をした紙やすりがあり、試しに購入してみたのですが、
こちらは立体なのでとても使いやすく、時に刃に錆やくすみが出たときに、現在はこのスポンジ状の紙やすりを使用して仕上げています。
(色々な便利なものが売っているものですね~、、)
これを使うと、刃がピカピカになって、見目麗しく、ウキウキの気分になります(笑)
このように、私は週に一度、刃物を研ぐことを習慣にしています。
人には、1日、2-3日、一週間、1か月、1年というレベルで、周期的にやることというものがあるものですが、
人に与えられている時間をどのように割り振るのかというのは、投資におけるポートフォリオ(資産の分散)と同じだな~、、と感じます。
与えられている時間という資源を、自分が幸せを感じられるようにどのように配分し、何の活動にあてるかというのはまさに投資の考え方だなと思います。
誰でも、与えられている時間を自分たちが幸せになるようにと思って配分し、使っていると思うのですが、
その時の参考になるのが、ものごとにおける陰陽の考え方かと思います。
包丁に関していうと、その陽を普段使いとするなら、陰はそのメンテナンス、刃を研ぐことと言えるかもしれません。
普段使う一方の陽ばかりに偏り、陰のメンテナンスを疎かにしていると、陽の方に影響=切れ味が悪くなります。
このことは道具一般にいえることかもしれません。
前回、登山で足の脱力が大事だということ書きましたが、普段体を使うことを陽とするなら、筋トレはそのメンテナンスにあたり、陰と言えるかもしれないし、
また筋トレを体を動かすことという意味で陽とするなら、その休息は陰であり、陰もしっかりとらないといけないことは歴然です。
覚醒しているときを陽とするなら、陰である睡眠をしっかりとることで陽は保たれるし、覚醒時にしっかり活動することが、深い睡眠へと繋がります。
ということで、たまに、今自分のやっていることが陽なのか陰なのか、その反対に相当するものは何に当たるのか、
その反対に当たるものを疎かにしていないか、に時に思いをはせてみるのは大切なのかなと思います。
ものごとが、なんとなくうまくいかないときは、陽ばかりに意識がいっていて、陰を疎かにしているかもしれませんし、
何かしなければならないことを陰とするなら、陰に追われていて、自分が本当にしたいこと=陽を疎かにしているのかもしれません。
人には誰でも1日24時間、一週間で7日という時間が与えられているようでありながら、実はこの陰と陽のことを考えると、
陽である、何かあることをするとするなら、それとセットになっている陰を自ずと設定しなければならず、かなり自動的に時間の配分というものが決められているのではないかと感じます。
睡眠の学者は、1日は24時間でなく、初めから睡眠分の8時間を引いて1日を考えるべきだということを言っていますが、まさにその通りだと思います。
刃物を使うなら、その陰である研ぐこともちゃんと視野に入れて、
料理人なら1日の終わり、普通の家庭なら1週間に1回位はそのメンテナンスである研ぐことをポートフォリオに入れた方が幸せ感が増すように感じます。
たかが刃物を研ぐという行為ですが、これを生活全般に広げて考えると、ナカナカ深い行為であるなと感じます。
週に一度、包丁を研ぐ ~ 陰と陽に思いをはせる
でありました。
おしまい
<(_ _)>
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