2010年5月9日日曜日
丹沢に行ってきました
連休中に、丹沢に登ってきました。
丹沢は高校の頃以来、何度か訪れてはいましたが、泊まりがけで行くのは今回が初めてでした。
今回のプランは一日目、
小田急渋沢→バス→ 大倉 → 鍋割山 → 塔ノ岳 → 丹沢山(みやま山荘泊)
二日目、
丹沢山 → 蛭ヶ岳 → 檜洞丸 → 石棚山 → 箒沢(千年杉 → ♨ 中川温泉
というルートを考えていました。
鍋割山途中にある、登山訓練所付近の写真↑
山道は新緑が美しく、登りつつ気分も開放的になる感じだったのですが、
鍋割山に到る途中の尾根で、ふと向こうをみるとヘリが飛んでいました。
ヘリだー、と思ってふざけて、
たすけてぇ~
などと言っていると、、、
ヘリがドンドン近づいてくるではないか!
あれよ、あれよという間に接近してきて、あたりはいきなり嵐の様な強風にさらされました。
そしてホバリングするヘリから、ウルトラ警備隊みたいなオレンジの制服を着た人がつるつるっと降りてきたのであります。
みんな伏せているのは、このオレンジの服を着た人を宇宙からの来訪者、あるいは神の使いと間違えて平伏している訳ではなく、
ホバリングするヘリからの強風に飛ばされないようにするためです。
立っていたらホント飛ばされてしまうぐらいの風圧です。
ここは尾根なので、飛ばされればまず命はないでしょう。
またホバリングしているヘリもいつ落ちるかわかったものではなく、とても危険です。
ヘリが去ったらとりあえず移動せねば、と思いつつも、
どうした、どうした?
という野次馬精神が頭をもたげてきました。
どうやら高齢の登山者が足をくじいたか、骨折したらしく、救助のヘリを呼んでいたようなのです。
このあとおそらく吊りあげられて、病院に向かったのでしょう。
またヘリが戻ってきましたが、危なすぎたのでその場を離れていて結末まで見ることはできませんでした。
しかし私がこの山の中で、ホバリングするヘリの威力を目の当たりにしたときに感じたのは、
文明の利器を維持するのに要している膨大なエネルギー
でした。
人がふもとから何時間もかけてやってくる山の尾根に、
人が何人も乗り込んだ鉄の塊が数十分ほどで飛んでこれてしまうのです。
そして人が飛ばされてしまいそうなほどのその圧倒的なヘリの風圧を感じた時、
そこに私達が生活している文明の一端を見た気がしたのです。
私達はふだん都市で便利な機器に囲まれて、安心、安全、安楽に過ごしているわけですが、
この山の中でホバリングヘリが象徴しているように、
そのような都市生活は
圧倒的なエネルギーの消費
によってはじめて成り立っているのだなぁと、轟音と砂埃舞う嵐の様ななかで感じたのです。
まわりの木々は、太陽のエネルギーを受け、雨水と土からの養分で静かに成長していき、その他の生物は、その育った植物を中心に有るものを食べて生きているわけですが、
そんな静寂とバランスの世界の中に、人間の作ったヘリがドタバタと活動している姿に、ある種の違和感を感じました。
この世のものはすべて自然の法則のなかにあります。
この法則を、大きな流れと言ってもいいと思うのですが、
多くの生物はその大きな流れとともに生きているので、ほぼ自動で生きていけます。
昔は人間もこの大きな流れとともにあって、それを利用して生きていたのでしょう。
狩猟採集の生活なんかはまさにそれで、人類はこの時点では多くの余暇があったようです。
しかし農耕を覚え、次第に能動的に自然を開拓していくことによって、
便利さ、快適さと引き換えに、今度はその開拓していったもののメンテナンスの方に次第にエネルギーを費やすようになっていったように思うのです。
そしてまさにヘリが新緑の木々の上空で圧倒的なエネルギーを費やしてはじめてホバリングできているように、
膨大なエネルギーを消費してはじめて人間の都市生活も成り立っているように感じたのです。
こんな不自然に大量のエネルギーを消費しつつ、
人間はこの地上でどこまで生き延びていけるのだろうか、、、
と砂ぼこりまう強風の中で、静かにかんがえたのでありました。。。
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