2009年5月23日土曜日

空っぽ〔Emptiness〕





私は毎週、NHKでやっている


題のニッポンの教養


という番組を録画して見ているのですが、

先月末に放送された





シンプル最高/再考」はとても面白く、考えさせられる内容だったので、ここで紹介しようと思います。


番組は、まず爆笑問題の二人が、「ニコラス・G・ハイエック・センター」なる場所を訪れるところから始まりました↓




ここの通路で手をかざすと、、、







上から照らされた時計が手に映るのだそうです。


太田さんは、、、




おでこに映して、なんだか楽しそう、、、


これをデザインした方が↓




原 研哉(はら けんや)さんという方だそうです。

光るコンクリート」↓


など面白いものを色々とデザインされている方だそうです。


さっそく原さんと爆笑問題の二人の話が始まりました。

まず、デザインにおける「シンプル」というものは如何にして生まれてきたかという話でした。




シンプルという発想は、複雑なものから出てきたという。

それ以前のものは「シンプル」ではなく、プリミティヴ(原始的)というのだそうです。


たとえば、中国古代の青銅器↓






このようにデザインの歴史はいきなり複雑からはじまったのだそうです。







私はこの青銅器を見て、京都で学生時代に中国史に詳しい友人に連れて行ってもらった

泉屋博古館


という博物館を思い出しました。

ここの博物館、小さい割にこの青銅器のコレクションが半端じゃなくて、そのデザインの奇抜性に圧倒されました。

青銅器なんていうと、ほとんど教科書でしか見たことのなかったので、ここで実際に様々なデザインの青銅器を目の当たりにしてホント感動しました。


歴史の初期に生まれたこのような複雑なデザインには、それなりの理由があったそうです↓



権力者が絶大な力をもっていること誇示できるように、圧倒的なデザインが必要だったのだという。

それによって、複雑なデザインが生まれたのだそうです。




神々や権力者の威光を示すために、複雑さが追求されていった、、、。




そういう複雑なものから、シンプルなものが生まれてくる、、、。






人間の歴史からいくと、シンプルなデザインが出てきたのはつい最近だという。






権力者による統治が終わり、市民政治になると、デザインも威光を示すようなゴテゴテしたものから、

合理性、機能性を追求したシンプルなものへと移行したのだそうです。








シンプルなデザインというものが出てきたのは、、






たかだか、100-150年ほどだそうです。


そこで太田さんのするどい質問が飛んだ、、、




日本のデザインはどうなのだろう、、、?


つづく、、、



参考:

NHK爆笑問題のニッポンの教養
FILE070:「シンプル最高/再考」(2009年4月28日放送)
http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/20090428.html

原研哉氏の著作〔アマゾン〕
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_b?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%8C%B4+%8C%A4%8D%C6&x=17&y=27

原研哉〔ウィキペディア〕
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%A0%94%E5%93%89

原デザイン研究所
http://www.ndc.co.jp/hara/

ニコラス・g・ハイエック センター
http://74.125.153.132/search?q=cache:GLMrVCou1qYJ:www.swatchgroup.jp/+%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BBg%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%AF+%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

泉屋博古館〔京都〕
http://www.sen-oku.or.jp/kyoto/exhibit/






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