2008年9月14日日曜日

ダニオン・ブリンクリー氏とその予言③

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この領域にたれこめている、厚く、重い動きのエネルギーは、私の力を萎えさせ、救いようのない感情に陥らせ、私を悲しみで満たした。私はこの霊的な領域に漂う魂たちの姿に目を奪われていた。彼らは希望もなく、繰り返し生じてくる抑うつ、落胆、絶望の悪循環のなかに囚われていた。じっくりと観察してみると、彼らは人生の最後の日々を、何度も、何度も、際限なく追体験していた。最終的に私にわかったことは、これらの迷える魂の一部は、この胸の張り裂けそうになる空虚な場所に、何百年も囚われ続けているということである。
(Secrets of the Light, p.48-49)

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ダニオンは自分の滞在するはめになったこの霊の世界をブルー・グレーの領域と名づけています。それまでの二回の臨死体験では、光と愛につつまれる天国を体験しており、それ故、講演などでは聴衆に次のように語っていたといいます。

私は臨死体験をするまで粗暴で手のつけられない荒くれ者のだった。所属していた軍隊の特殊任務で多くのひとを殺してきた自分でさえ天国にいけたのだから、他の誰が天国に行けないことがあろうか。

と。ダニオンは今でこそスピリチュアルな人間ですが、かつては本当に粗暴な人物だったようです。たとえば、自分が歩いていて人が邪魔だった場合、「すみません、通してもらえますか」と声をかけるよりかは、殴り倒して通って行った方が楽だと考えるような人物だったといいます。

話は逸れましたが、1997年の脳出血による臨死体験によって、ダニオンはそれまでとは違うこのブルー・グレーの領域を訪れることになったのです。ここは、この世とあの世との中間領域で、何十年、何百年にわたって死んだことにも気づかず、延々と戦争を繰り返す霊などが存在するといいます。

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あたりを見渡すと、さらにたくさんの兵士がそれぞれ違う背景を背負いながら、似たような状況で彷徨っていた。彼らは、多種多様な軍服を身にまとっており、それらは世界史におけるすべての戦争を表していた。これらの男たちは集団を形成していたが、単に自分が勇敢に戦った特定の戦争や闘争に基づいて集団を形成しているわけではなかった。彼らは、自分たちのとらわれている思考形態に応じてもまた集団を形成していた。戦闘に参加し、自分であろうが相手であろうが命を失うことに関して彼らはとらわれていたのだ。
(Secrets of the Light, p.50)
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ダニオンは、この領域でこのような浮かばれない霊たちの悲惨な光景を数々目撃したといいます。そして次のように思ったそうです

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また日を改め、この彷徨える魂たちの演じていた茶番劇を思い返していると、政府、様々な組織、宗教の失策の深刻さに思いを馳せずにはいられなかった。すなわち、この世を去る瞬間において私たちを守り、導くための公平、公正なシステムに対する実際に即した生きた知識がまったく教えられていないのだ。もしこれが子どもの頃から、文字や九九の暗記のように中核をなす知識として教えられるなら、いまごろどれだけ違った世界が展開していたことだろう。
(The Secrets of the light, p.51)
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ダニオンは、知は力なり(knowledge is power)ということを繰り返し述べています。それは知識があることで、そのような領域にとらわれてしまう事を回避できるからです。

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私が天国と地上の間で目撃した、囚われている魂たちは、かれらの意思に反してそこにとらわれてしまっているのではない。彼らは、彼らの意志でそこに留まっているのである。その苦難は、彼ら自身がつくり出しているものなのだ。子どものように神の王国へ入るためには、子どもの純粋な真実の心を持っていなければならない。ことばを変えるなら、人は人生に対して、開いた、愛情のある、喜びの態度をもっていなければならない。そして、人生とは、寛大さによってもたらされ、力強く祝福された贈り物であることを常に心に留めておく必要がある。

あの日、二つの世界の間で絶望の中を彷徨っていた魂たちにとって、人生とは、喜びのない闘いであり、彼らの生き甲斐は怒りと非難の応酬のみであった。これらの彷徨える魂たちが形成する種々の集団は、見えすいた偽善、止むことのない皮肉癖、陰鬱で見るに堪えない無気力、裏切られたという悲痛、こういった類似する精神/感情のパターンによって精神的なつながりをもっていた。私たちは誰でも、時にこういったネガティヴな心理作用の中に落ち込んでしまうこともあるが、ここにとらわれている魂たちは、そこから動かない、あるいはこれらのことを人生のレッスンとして受け入れない、と心に決めた者たちなのであった。

地上で肉体をもって過ごしていた時期のどこかで、彼らは一様にスピリチュアルなアイデンティティの追求をやめ、生きるための情熱を放棄してしまっていた。それらこそが、彼らを完全にしてくれるものであったにも関わらず。

彼ら一人ひとりが死ぬずっと以前に生きることをやめてしまっていた。皮肉な事に、死の状態にあっても彼らは永遠の命という贈り物を拒否していた。宇宙的な発見に満ちたもっとも感動的な冒険が、ほんの少しの思考の転換によって可能な所にいるのにも関わらず、彼らはブルー・グレーの領域において、同じところをぐるぐる回るだけの苦役の中で競争することを選択していた

世の中で長いこと報告されつづけてきた怪奇現象や心霊現象といったものが、これらのとらわれた魂たちによって引き起こされてきたことは、疑うべくもない。彼らの精神が、自ら選択したネガティヴな破滅的領域に縛られ、彼らはいつ果てることもなく過去の同じ人生パターンを繰り返していた。そして、その道はどこへも通じていないのだ。

私の心は痛んだ。彼らが気づいてくれればと思う。ほんの少しの信心と、楽観的な考えをもって正しい方向に焦点をあわせさえすれば、この無益な状態と引き換えに、光の中に真のやすらぎを得ることができるというのに。実際、私たちの想念こそが、この世とあの世の両方において私たちの住む現実を創り出しているのだ。三次元の世界においては、温めてきた願望が現実のものとなって現われるのに、数ヶ月あるいは数年を要するかもしれない。しかしより高次の世界においてはほんの一瞬であり、ただ思い浮かべるだけで私たちの願望は即時に顕現する。それがいいものであろうが、悪いものであろうが。
(The Secrets of the light, p.53-54)
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ダニオンは三回目の臨死体験で、なぜその領域に滞在することになったのかが自分を振り返ってみてわかったといいます。自分自身も少なからず、皮肉っぽく冷淡になっていたといいます。というのも、なぜ自分が雷に打たれ、自分の希望にそぐわないこんなスピリチュアルなことをしなければならないのかと、常に不満を抱えていたといいます。

また雷に打たれたことによって、超常的な能力を得たこと、たとえば人の未来が見えてしまったり、まわりの人の考えがテレビのモニターに映る様に自分の心の中に同時に多数の映像となって見えてしまったりすることなどが耐えられなかったといいいます。こういう話をきくと、私たちがお互いに心のヴェールで仕切られているというのは、とても有難いことなのかもしれません。

いずれにしろ、ダニオンはこちらの世界でネガティヴな想念を常にもっていたことで、死後そのような領域に引き寄せられ、滞在するはめになったそうなのです。

また、ダニオンのこの滞在やあちらの世界でとらわれている様々な霊魂をみてみると、スピリチュアリズムでいわれる「波長の法則」がまさに適応されている世界なのだなと感じます。あちらの世界は完璧な差別界だといわれています。それはある意味平等なのですが、つまり心の状態に応じた世界が無数に層をなしており、私たちは自らの心の状態に応じた領域に引き寄せられるということだそうです。

聖書の中のことば、

わたしの父の家にはたくさんの住居があるヨハネ14-2)

とはそのような状況をさしているといわれます。また、

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。マタイ6-33)

とは、地上的な価値観とスピリチュアルな価値観がかち合う時は、常にスピリチュアルな価値観を優先させなさい、という事なのだと思います。というのも、地上の生活というのは一時的な滞在にすぎず、私たちの本来の居場所はあちらの世界なのだからだと思うのです。

次回はダニオンがこの三冊目の本を出すにあたって受けたインタヴューをのせようと思っています。

3 件のコメント:

博文 さんのコメント...

面白く、読み応えがありました。最近聞いた浅川嘉富さんの講演での坂本政道氏との対談からのお話にも同じようなことが言われていました。輪廻転生するためにはフォーカス27まで行かなくてはならないのですが、その手前に数多くの層が人間の想念によって作られてしまい、そこにとらわれて離れられなくなってしまう魂がたくさん存在しているそうです。「いかに今、肉体を持った状態で目覚めることができて、どう生きる事が大切か。」精神世界のことを発信しているリーダー達の話はここに行き着くことが多いようです。また、アセンションについて坂本政道さんの情報から調べると大変興味深い内容です。坂本政道氏の死後の世界観も含めてダニオン・ブリングリー氏の話ともつながると思えます。

ms_hiko さんのコメント...

博文さんコメント有難うございます。

ロバート・モンロー氏、坂本政道氏のヘミシンクによる向こう側の世界の探査の報告には、臨死体験者たちの報告やスピリチュアリズムでいわれている霊界の実態と共通していて確かにとても興味深いと思います。

また浅川氏の研究の出発点といっていいのか、木内鶴彦氏の臨死体験と未来に関する予言もとても興味深く、その後どうなったのか新しい本でないかなぁ、と期待しているのであります。

たしかに「いまをどう生きるか」あるいは「しっかりと、いま、ここを生きる」というのが最終的な結論なのだと私も思います。

そういう意味で最近とても感銘をうけたのが、『ヒマラヤ聖者の生活探究』の続編ともいうべき、『解脱の真理』『キリストのヨーガ』『心身の神癒』(すべて訳者は仲里誠(吉)桔 氏)です。久しぶりに心を深くからゆさぶられた本でした。

話がそれましたが、今回の船井オープンでも坂本氏の講演は逃せないところですが、最後の船井さんとかぶっているところがどうも、、、。

(/_;)アイタッ

博文 さんのコメント...

ヒマラヤ聖者の続編が出たとは知りませんでした。今度読んでみたいと思います。また、オープンワールドは私も2日目は参加予定です。最終講座は、今回は、坂本政道さんを聞こうと思っています。アセンションについて好奇心が押さえられないようです。もし、会場で会えたらよろしくお願いします。