2008年8月24日日曜日

バラモンの菜食主義 2

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前回の引用のなかで、バラモンの歯が平たくなっていたというのは興味深い点です。玄米菜食を唱えるマクロビオティックでは、人間の歯の構成から私たちが本来何を食べるべきかを推定しています。すなわち、

全部32本中、臼歯が20本、切歯が8本、犬歯が4本

から臼歯は穀物、切歯は野菜、犬歯が動物性食品を食べるためと考え、日々の食事もこの歯の割合つまり

5/8が穀物、2/8が野菜、1/8を動物性食品

でとるのが理想であるとしています。
欲に任せて何でも食べるようになってしまい本来人間は何を食べるべきかがわからなくなってしまった私たちにとって、こういう考え方もひとつの参考になるのかと思います。

それでは、バラモンの菜食主義に関する引用を続けます。


----------『明るいチベット医学』より---------

菜食をつづけていると、心もからだも澄んださわやかな状態になりますが、からだそのものは風が吹くとヒラヒラと舞うぐらい軽くなります。やはり、かろうじて生きているという感じはします。私などは子供のころはふつうに食べていましたからまだいいけれど、何千年も菜食を継承してきたバラモンは、皮膚などもカサカサに乾ききっています。返事もろくにできず、ボーッとしている姿を見ると、痛々しさすら覚えます。人間が肉を食べずに、ほんとうにストイックに何代も菜食をつづけると、こういう人間になるというひとつのサンプルを見るようです。金のかかる自然食・菜食で高級な生活をし、よい私立学校に子弟を通わせたいという日本の流行を思うとき、おかしな気分にさせられます。

バラモンはやや極端な例ではありますが、私はインドの多くの菜食主義者たちを見ていて、どうしても菜食がからだにいいとは思えないのです。やはり私たちが未だもって犬歯をもっていることでもわかるように、人間が命を全うするためには、ある程度は動物の肉を食べるようにできているのではないかと思います。

最近は日本でも菜食主義を掲げている人たちがいるようですが、主義、主張で食べものを制限するのはどうでしょうか。治療のためというなら別ですが、美容とか健康にとって菜食が特にいいとは思えないのです。

私は菜食、肉食とも経験していますが、私の場合はどちらかというと菜食のほうが向いています。食糧難の時代に育ち、子供のころは菜っ葉とか大根とか野菜ばかり食べていましたから、野菜から摂取する力がすぐれていると思うのです。チベット、インドでの菜食時代も調子はよかったです。もう菜食から離れて久しくなりますが、いま思うとあのころは浮き沈みがなくて、なんてスガスガしい生活をしていたのだろうと思います。便の量も全然違うのです。昔はドーッと、食べた量より多いくらい、まるで象のように出たものです。

おもしろいのは、菜食時代のほうが夏涼しく、肉を食べているときのほうが暑く感じるのです。汗をかいても、菜食のからだは汗がスーッと通り抜ける感じで、気持がよいのです。ところが肉を食べていると、汗が滲み出す感じで、汗の質もベタベタして気持わるい。菜食のほうがずっとからだがすっきりしています。

このスッキリしているという感覚が大切で、肉を食べても、菜食でも、からだがスッキリしていれば、その食べものがその人にとってベストなのです。

(p.152-156)

---------- 引用終了 ----------

著者自身はなぜ菜食をやめてしまったのか、興味のあるところでありながらそこらへんの事は書かれていませんが、菜食時代は心の浮き沈みがなく、すがすがしかったと述べています。

マクロビオティックの本に書いてあったことなのですが、ある外国の刑務所で実験的に菜食メニューを続けたところ、服役囚同士のトラブルが減り、刑務所を出てからもその心の穏やかさを維持したいがために菜食を続ける人がいたという話しを読んだことがあります。

やはり菜食は人間を穏やかにし、心を植物や自然に近くするといえるのかもしれません。逆に動物を食べると動物的、本能的になるのかもしれません。化学的な側面からみても、動物は殺されるときに恐怖時に放出されるホルモンを大量に体内に出しているはずだから、それを食べた人間がまったく影響されないということは考えにくいと思います。

また、

クレア・シルヴィア,ウィリアム・ノヴァック著
『記憶する心臓 : ある心臓移植患者の手記』

などを読むと、臓器移植を受けた患者がもとの臓器の持ち主の感情や記憶の影響を受けるということがあるようです。ということは、肉を食べてその肉を自らの血肉とした場合、一度消化したとはいえ、その食べた動物の影響を少なからず受けるのではないでしょうか。


引用の中に、菜食時代は夏が涼しかったと書かれていますが、これは私自身も実感しているところです。特に夏野菜を多く食べると、体を冷やしてくれるので暑さでまいってしまうということがないようです。電車やお店などの強烈な冷房は肉食をしているひとのための温度設定なのかな、などと感じる事があります。


現在の日本人の死因の第一位は、悪性新生物、すなわちガンですが、ガンを漢字で書くと



病ダレの中に品物の山と書きます。ガンにもいろいろな原因がありますが、やはり一番見直されるべきは「食」だろうと思います。極端な菜食主義はまた別の意味で危険ですが、何気なく食べている普段の食を一度見直してみるというのは、健康面だけでなく、自らの心のありよう、さらには地球環境にとっても必要な事なのではないかと思います。

現在人間はほぼ地球にとってがん細胞にも似た状況を呈していますが、地球にがん細胞として排除される前に私たちは自然と協調していくような生き方を模索していく必要があるかと思うのです。そしてその第一歩は「食」にあると思います。

参考:
大工原彌太郎
『明るいチベット医学:病気をだまして生きていく』 情報センター 1988

クレア・シルヴィア,ウィリアム・ノヴァック/飛田野裕子訳
『記憶する心臓 : ある心臓移植患者の手記』 角川書店 1998
[A Change of Heart by Claire Sylvia with William Novak, 1997]

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